はじめに
野村不動産ホールディングスの広報IR部長に宇佐美直子氏(45)が今年4月に就任したことが、業界内で話題になった。大手デベロッパーで初の女性部長が誕生したからだ。記者自身も率直に喜んだ。広報の部署は企業にとって〝顔〟であり水先案内人だと思う。極めて重要な役割を担っている。一つ間違えばとんでもない方向に導きかねない危険性もある。
そんな重要なポストに女性が就いたのが嬉しいのだが、考えてみれば、長いデベロッパーの歴史の中で宇佐美氏が初の女性部長というのも情けない話だし、それを喜ぶ記者自身も女性を差別的に見ていないかという反省もするのだけれども、これがわが業界の現状だ。
そんな現状を記者は残念に思っている。不動産業界にとどまらないことだろうが、広報の部署は女性の比率が高いはずだ。40年近い記者生活の中で多くのデベロッパーやハウスメーカーなどの広報にはお世話になったが、女性担当者は男性に劣るどころか実にきめ細やかな対応をしていただいた。私生活においても同様に、何かにつけ女性のほうが優れていると確信をもって言える。
ところが、現状は女性差別的な雇用慣習が幅を利かせ、家庭でも社会でも差別的な処遇を受けていることは否定できない。だからこそ、安倍政権は「女性活躍」をアベノミクスの成長戦略の柱に据え、安倍総理は「女性活躍は焦眉の課題」と国連で演説もした。
記者もその通りだと思う。「女性活躍」の文言はなにやら胡散臭い雰囲気も漂い、「女性だけを括るのは問題」という声も聞こえてきそうだが、デベロッパーやハウスメーカーが女性差別的な雇用慣習を改め、「すべての女性が輝く」職場環境を整えるヒントにでもなればと、取材を開始することにする。
キックオフのインタビューはやはり「女性初の広報部長」に就任した宇佐美氏が適任だと思う。
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これまでも数回、宇佐美氏には会っており薄々は感じていたのだが、インタビューを始めて数分も経たないうちに「女性は差別されている」という記者の固定観念が当てはまらないことに気づいた。宇佐美氏にはそんな色眼鏡で見るのが失礼であり、そもそも通用しなかった。
最初に、「御社グループは2013年に『ダイバーシティ推進委員会』を設置され、『従業員満足度調査』をされましたが、受け取り方によっては、御社の社員の満足度はそれほど高くないのでは」とジャブのつもりで質問した。
宇佐美氏は「調査会社からは、解答率(従業員1,495人中1,415名、解答率94.6%)が極めて高いと言われました。従業員みんなが『大満足』していたら却って恐ろしい。いろいろ課題があることを認識し、もっとチャレンジしようということが数字に表れているはず。委員会は、当時の中井(加明三)社長(現会長)が『グループ全体として人が大事、これからは多様性を重視しないと生き残れない』と強い意志を示されて発足したもので、従業員の多様性を発揮させようというのが目的であって、女性活躍はそのうちの一つ」と応えた。
ジャブを軽く受け流された記者は早速、本題である宇佐美氏のワークライフバランスに斬り込んだ。
「入社は平成5年。宅建は入社前に取得していました。最初の配属は住宅の販売。いきなり『明日から四街道へ行け』と言われまして、毎日、2時間かけて実家の浦和から遠足気分で『ツイン エル シティ』へ通いました。家を出るのが5時。忙しい金曜とか土曜日は千葉に泊まりました。営業は6年間やりました。その間に結婚もしました」(平成5年ころの同社のマンション事業は業界内では10本の指に入っていなかった。プラウドを立ち上げたのは平成15年)
「思い出にあるプロジェクトは『浦和』のマンション。女性による女性のためのマンション講座をやりたいと上司にお願いしたら認められまして、男は一人も会場に入れずに女性の方に集まってもらい、大きな都市計画地図を広げて、商業エリアは駅に近いけど高い建物が周囲に建つとか、郊外は高い建物が建たないので居住環境がいいとか、ライフスタイルを考えたほうがいいなどと話しました」(女性単身者がマンションを買うようになったのは平成7年ころから。宇佐美氏はその流れを機敏に捉えたようだ)
この話を聞いて、武勇伝を聞くのを止めた。聞けばたくさん出てくるだろうが、「女性だから」という質問は失礼だと思ったからだ。そこで、「仕事と育児・家事の両立」について聞いた。
「子どもは中3と中1の二人。共働きですから、主人が子育ても料理も掃除もすべてやってくれています。頭が上がりません。料理は主人のお父さんがやっていたようで、それが影響しているのかもしれません。主人は剣道部出身でして、私は何でも雑なほうなのですが、とても几帳面に洗濯物なども折りたたんでくれる。家事労働についてのインタビューは主人に代わったほうがいいかもしれませんね。喧嘩? やったことないですね。主人がすべて飲み込んでくれる」
核心をつく言葉だ。「女性活躍」は、職場の理解ももちろんそうだが、家庭での男性の理解と共働がないと無理だとずっと思ってきた。記者は40代に妻を亡くしてからほぼ10年間〝主夫〟をやったのでよく分かる。家事労働をお金に換算したこともあるが、月額30~50万円はする。それほど価値のある家事の仕事を女性、または男性一人でやれるわけがない。「女性活躍」は男性の働き方を変えないとダメというのが記者の持論だ。
宇佐美氏について、野村不動産アーバンネットの前会長・金畑長喜氏が「彼女は頑張り屋さん。誰もが評価している」と語ったが、それだけ頑張れたのもご主人と一緒に家事・育児をやってきたためだろうと得心がいった。
余談だが、弊社にも剣道部出身がいる。一緒にホテルに泊まった時だ。寝る前にきちんと真四角に下着類をたたんだのにはあ然とした。体育会系の男性は結婚相手にお勧めだが、剣道部が一番だ。徹底して礼儀作法、武士道精神を叩きこまれるのだろう。
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「いま広報部には12人のスタッフがいますが、7人が女性。うち5人がママさんです。会社全体も変わりましたね。寿退社も少なくなりました。わたしの後輩が育っているか? ここ数年で続々増えると思います。母数がどんどん増えていますから。もう時間の問題だと思います」「広報部長に就任して、業界初の女性部長と言われているが、私は淡々と粛々とやるしかないと思っています。男女関係ない」と締めくくった。
同社グループの「ダイバーシティ推進委員会」の活動は3年計画だ。来年がその3年目だ。どのような成果があがったのか、どのような課題が見えてきたのか、その時が来たらまた取材したい。
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同社が「ダイバーシティ推進委員会」を設置したのは、中井会長の発案だったことは先に書いたが、トップの判断が極めて重要であることは、大沢真知子氏の「女性はなぜ活躍できないのか」(東洋経済新報社)でも指摘されている。
大沢氏は、ダイバーシティの取り組みで成功した企業をいくつか紹介しており、その企業トップの声も紹介しているので以下に引用する。
〇資生堂の元副社長・岩田喜美枝氏「女性登用に力を注ぐことができたのは当時の社長のおかげ」
〇大和証券グループ本社会長・鈴木茂晴氏「上が本気でなければ中間層は動きません…女性の本気度が試される時代になった」
〇ファーストリテイリング会長・柳井正氏「育児も大事だし、仕事も大事。両立できるとおもわないといけない」
〇セブン&アイ・ホールディングス会長・鈴木敏文氏「自分たちが殻を破るんだという強い意識をもって働いてもらうことが大事」
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「女性活躍」を阻む厳しい現実も突きつけられている。厚労省のデータをいくつか紹介する。
・男性の育児休業取得率は2.3%(平成26年度)の低水準にとどまっている
・育児休業を取得しない理由として「職場の雰囲気」が依然多い
・25歳から34歳の女性の雇用形態は、「非正規の職員・従業員」比率が1990年から2014年にかけて28.2%から41.9%に高まっている
・パート・派遣の非正規労働者の育児休業後の職場復帰は平成17~21年で4.0%(正規は43.1%)にとどまっている
・夫の家事・育児時間が長いほど、妻の継続就業割合が高く、また、第2子の出生割合も高い傾向にあるが、日本の夫の家事・育児関連時間は、1時間程度と国際的に見ても低水準であり、かつ、家事・育児をほとんど行っていない者の割合も高い