東日本大震災以降、積水ハウスが全国で展開している「スマートタウン」の一つ「スマートコモンシティちはら台」を取材した。
現地は、JR外房線鎌取駅からバス約12分、徒歩4分の千葉県市原市ちはら台東に位置する全215区画。昨年7月から建築条件付き宅地や分譲戸建てとして分譲されており、現在まで約40区画が販売済み。
団地は、平成21年から分譲開始された同社と大和ハウス工業による「かずさの杜 ちはら台」(326区画)に隣接し、一体として開発されたものだ。街づくりは、平成17年6月に施行された景観法の提案制度を使用し、事業者や住民が素案を添えて景観計画策定の提案を行い、その素案に基づいて市原市が策定した景観計画に沿って行われている。
既存の地区計画で定められている最低敷地面積165㎡や屋根の色彩、道路境界からの壁面の後退距離、垣・柵の構造などに加え、屋根の形状、緑化の基準などが上乗せされている。違反者には罰則もある。
「かずさの杜 ちはら台」は、全国で初の先進的な街づくりが評価され、2012年のグッドデザイン賞を受賞している。
積水ハウスの「スマートコモンシティ」は、太陽電池と燃料電池搭載を基本とし、ゼロエネルギー住宅「グリーンファーストゼロ」などとともに「安全・安心」「健康・快適」「エネルギー」「見守り」をキーワードに「SLOW&SMART」な暮らしを提案する同社独自の取り組み。これまで全国16か所、総区画1,708区画のうち、578区画が販売済みだ。
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同社の「スマートタウン」の取材は、昨年行った宮城県富谷町の「スマートコモンシティ明石台」に次ぎ2回目だった。隣接の「かずさの杜 ちはら台」は3年前、大和ハウスが見学会を行っているので、訪ねるのは2回目。
「明石台」もそうだったが、タクシーを降りた途端、街路に沿った区画が昔懐かしい石積みが施されているのには驚いた。以前はこの種の石積みは珍しくもなかったが、最近はほとんど見なくなった。
道路には縁石がなく、舗道と敷地の境界もフラットとし、一部は中央側溝を採用しているのも大きな特徴だ。行政の理解を得られるまで時間が掛ったが、粘り強く説得して実現したようだ。
街づくりの基本設計は、同社とも縁が深い宮脇檀建築研究室で活動されていた二瓶正史氏が担当。「道」を大切にした宮脇氏の思想はこの街にも受け継がれている。
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驚いたのはこれだけではない。販売責任者の同社千葉南支店不動産課課長・青木博氏(47)から街づくりについて説明を受けたのだが、同社の不退転の姿勢に胸を打たれた。すべてのデベロッパーが学ばなければならないと感じた。
不退転の姿勢はどこから生まれたか。依拠する街が大きく影響しているのは間違いない。
同社千葉南支店は木更津市にある。読者の皆さんもご存じのように、木更津市は土地区画整理事業が全国的に盛んなところで、かつて東京湾アクアラインの開通などをあてこんで各地で開発が行われた。前市長はその旗振り役として全国に名を馳せた。
ところがバブル崩壊。土地区画整理事業は動き出したら止まらない特徴がある。多くの事業が破たん状態に陥った。2002年には前市長が業務上横領容疑で逮捕され、市長を辞任。駅前の大型商業施設の撤退も相次いだ。
記者は当時、小雨が降る中、1日がかりで市内の区画整理事業を取材したことがある。赤土だらけの禿山をみて呆然としたのを鮮明に覚えている。工事を請け負ったゼネコンはその後、民事再生法の申請を行った。
青木氏はそのころ住宅展示場の担当だった。「赤ん坊まで買っても土地は余ると言われていた」と青木氏が振り返るように、「地価下落日本一」という不名誉な新聞記事が躍った。当時千葉南支店の成績は全国の中で下位に甘んじていた。
青木氏は5年前、当時の支店長から「かずさの杜 ちはら台」の販売担当を任された。
責任者として就任するとき、「覚悟を決めよ。時が経つほどに価値が高まる街にするために、緑化基準を含めた街づくりのルールをお客さんに徹底するよう重要事項説明はお前が一人で全部やれ」と言われたそうだ。青木氏はその指示を守り、5年間で自社が販売した166区画全てのお客さんに1人当たり2時間半かけて重要事項を説明したという。
同社が販売した「かずさの杜 ちはら台」の166区画は5年間で完売した。今の時期、166区画の住宅を5年間で販売するのは容易なことではない。今回の「ちはら台」の年間40区画販売も驚異的な数字だ。地域に根ざさないとできないことだ。その後千葉南支店の成績も回復し、全国トップレベルになったというのもうなずける。
同社の「5本の樹」計画はよく知られているが、宅地購入者に中高木の植樹をお願いするのもまた容易なことではない。いま全国を席巻している建売り販売会社の住宅を見ればよく分かる。敷地はほとんどコンクリで固められ、樹木どころか雑草すら生えないのが当たり前になっている。お客さんが「いやだ」と言ったらそれまでだ。
同社の街づくりに掛ける熱意は居住者にも浸透している。月額1,000円の管理費を徴収して樹木管理などに充てる仕組みも構築しているのだが、いつも草取りをしている年配の人に青木氏が「その草取りは業者がやってくれますよ」と声を掛けた。その人は「美しい街をつくろうというのはみんなで決めたこと。私の姿を子どもたちが目にすることでいっそう街に愛着をもってくれたらと思ってね」と話したそうだ。
記者はこの話を聞きながら、住民の街を大切にする意識の高さに感動したが、販売を終えた街にも足しげく通う青木氏のことを見事だと思った。一方で、マンションデベロッパーなどが事業回転を速めるために〝事業離れ〟をいつも口にするのを思い出した。
青木氏は「私たちももちろん販売が終了した後もアフターサービスを通じて関わり続けますが、私たちが離れても街全体の評価が高まっていくようにと願っています」と語った-〝経年美化〟の実践だ。