住友林業は4月6日、同社が施工を担当した山梨県北杜市の清春芸術村ゲストハウス「和心」の内覧会を開催した。南アルプスを望む複合施設「清春芸術村」に隣接するもので、甲斐駒ヶ岳はまだ雪をかぶり、県の指定天然記念物「清春のサクラ」も一、二分咲きだったが、春に目覚めたのかウグイスは「妙なるかな、ホーホケキョ、ケキョケキョ」と大声で見学者を歓迎した。
「和心」は、現代美術作家の杉本博司氏と建築家の榊田倫之氏が率いる新素材研究所が設計し、同社が施工を担当。新素材研究所が表現したい空間の実現のため、同社オリジナルのビッグフレーム(BF)構法と鉄骨造の混構造を初めて採用。銅板葺きの大屋根を支えるとともに、角に柱を配置せず南側と東側の2方向に広がる大開口を実現した。
また、大屋根により生み出された広い軒先空間が建物と庭を繋ぎ、自然を楽しむことのできる空間を演出。素材に秋田杉(建具など)、十和田石・ヒバ(浴室)、玄昌石(土間)、庭には滝根石を用いているのが特徴。
物件は、山梨県北杜市長坂町中丸に位置する敷地面積約800㎡、延床面積約160㎡。木造(BF構法)+S造。竣工は2018年6月10日。宿泊は、清春芸術村に寄付を行っているサポート会員限定で1泊50万円。
清春芸術村は、創立者である吉井長三が、小林秀雄、今日出海、白洲正子、東山魁夷夫妻、谷口吉郎、正田英三郎らと桜の季節に当地を訪ね、その美しさに魅せられて1980年に設立された。「アトリエ清春荘」は小林秀雄が命名した。
敷地内にはシャガールやスーチンをはじめとする巨匠がアトリエ兼住居として利用したものと同じ設計の「ラ・リューシュ」、ルオー、梅原龍三郎、岸田劉生、バーナード・リーチなどの作品を収めた「清春白樺美術館」、安藤忠雄氏が設計した「光の美術館」、ルオーが制作したステンドグラスをはめ込んだ「ルオー礼拝堂」、梅原龍三郎のアトリエを移築した「梅原龍三郎アトリエ」、「白樺図書館」などがある。
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言葉などいらない。とくと写真をご覧いただきたい。杉本氏はニュース・リリースに一文を寄せ、次のように書き出している。「和風住宅とはなにか、それは庭と共にあることではないかと思う。古代、源氏物語絵巻に描かれる寝殿造りにも、壺と呼ばれる美しい庭があり、その部屋に住まう美しい人をも指していた」と。そして「現代は敗戦の痛手からか、日本人は庭を持つ気概を無くしてしまった。相続の度に家屋は縮小し、庭にはプレハブが嵌められ、畳は捨てられた。和風はかろうじて高級旅館にその名残を留めるだけとなってしまった」と。
建物の四囲を庇が囲っており、母屋は3分の1くらいに抑えられていた。軒裏には「もうこんな柾目の材料は手に入らない。最後かもしれない」と杉本氏が言った秋田杉の柾目の板が貼られていた。
「庭」と言えば龍安寺をすぐ思い浮かべるが、この「和心」の庭も美しい。庭には凹と凸型の滝根石が鎮座していた。杉本氏によると、福島原発から30キロの山奥で「岩盤から数億年の眠りを覚まされて剥がされた数千個の石達の中から、特別な気配を送ってくる二つの石に邂逅した」とのことで、その形から杉本氏は「風神雷神関係であり、夫婦和合そのもの」と形容した。男石は重さ5~6トンくらいで、「女石(逆にすると石女)の窪みからは汲めども尽きぬ清水が滾々(原文は懇々)と湧き出る」という。
杉本氏は、「建物はよくできたので、江戸後期の真言僧の篇額『和心』をプレゼントした」と語り、「(清春芸術村オーナーの)吉井さん(仁実氏)のお子さんは6カ月。女石で水浴びさせよう」と冗談を飛ばした。
小生は伊勢しかないかいづの干物を「夫婦和合の干物」と呼ぶが、確かに「和心」の二つの石はぴったりと重なりあっていたと思われるほどの対をなしていた。小生と同年代と思われる山梨の女性に「どっちが上ですかね」と尋ねたら、意味は通じたのか通じなかったのか、「もちろん女が上」と返ってきた。
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過去2度、三菱地所の「空と土プロジェクト」を取材しており、北杜市を訪ねるのは3回目だった。甲斐駒ヶ岳は雪をかぶり、梢を揺さぶる風の音にたじろいだが、清澄なウグイスのさえずりに春を感じた。
清春芸術村は1日かけても飽きない施設だろう。24畳大のアトリエがそのまま再現された「梅原龍三郎アトリエ」には梅原が好きだった紅殻色の京壁とモデルを横たえさせたであろう床の間があり、邸の近くには小林秀雄邸にあった枝垂れサクラが植えられていた。ルオーの制作した唯一のステンドグラスはいったいいくらの値がつくだろうかと想像するだけで楽しくなった。
藤森照信氏が設計した茶室「徹」とセザールのオブジェ「親指」だけは理解できなかった。