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2020/05/08(金) 09:49

書評 日本のお弁当文化 知恵と美意識の小宇宙 権代美重子著

投稿者:  牧田司

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権代 美重子()
発行:法政大学出版局
四六判 252ページ 並製
価格 2,200+

「百姓や雑兵の携行食から、観劇のお供の幕の内、各地の名産の詰まった駅弁、松花堂や現代のキャラ弁にいたるまで、庶民のエネルギー源であり美意識の表現でもあったお弁当は、どんな歴史を歩んできたのか。だれもが愛する独特の文化を、器や食の作法の伝統にも注目しながら語り下ろした初の書。オールカラー」(帯より)

       ◆     ◇

〝目から鱗〟とはこのことを指す。小生も「弁当」は後述するように作ったことがあり、取材先や旅行、野球観戦などで「松花堂」をよく食べるのだが、その歴史や文化など考えたこともない。

読者の方も同じではないか。いわゆる料理本ではないから、全252ページの本著には難しい言葉もたくさん出てくる。店頭で手に取りパラパラとめくっただけで投げ出したくもなる。

筆者はそんなことはお見通しなのだろう。「お弁当は文化論的・文化史的な研究文献が極めて少ない」(あとがき)とし、「身近なだけに実用重視になり、その魅力について見過ごしてしまってはいないでしょうか」と現状を分析し、だからこそ「庶民の食文化に光を当ててみたい」と執筆の意図を明かしている。

その極めて少ない文献を吟味し、「『お弁当』の歴史を縦糸に、人々の知恵や工夫を横糸にして織りなされてくる『庶民の食の文化模様』」(はじめに)の世界を描き切った。

「庶民の食文化の魅力が見過ごされない」よう文体やデザインにも多くの工夫が凝らされている。読みだすと止まらないのだ。

まず、文体。「ですます」調でぐいぐいと読み手をリードする。小説の手法でよく使われる〝語り〟に近い。小生の好きな作家でもあるカズオ・イシグロ、ロバート・ゴダード、宮尾登美子の小説を読むようだ。とても読みやすい。

そして、また、小生の好きな作家のひとり、井上ひさしが語ったように、「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」書く配慮を忘れない。

例えば「弁当」。弁当の語源は、農作業に向かうとき「メンパ」と呼ばれる容器に麦飯や梅干を詰め、それを「しょいかご」に入れて持って行ったことに由来すると紹介し、十七世紀に編纂された「日葡辞書」には「Bento(ベンタゥ)の記述があり、「充足、豊富」という意味が込められていることを明らかにする。「ご飯をよそう」は「装う」意味があるともいう。なるほど深い。

難しい古文書をそのまま引用するようなことはしない。著作の巻末には140近い参考文献資料が紹介され、文中には5060人の歴史的人物が登場するが、一つひとつ丁寧に注釈を加えている。図版やコラムもたくさん挿入し、小生などの貧しい読解力を補ってくれる。

なぜ、そのような読者を飽きさせず、痒いところに手が届く工夫がこらせるのか考えてみた。著者は日本航空の国際線客室乗務員を務めたことがあるとプロフィールある。ホスピタリティ溢れる言葉が紡げるのは、この客室乗務員の経験と無関係ではないと結論付けたのだかどうだろう。

中身について一つひとつ紹介する余裕はないが、農作業、木挽き、漁業に欠かせない弁当の実用的で理にかなった工夫や、戦国時代の雑兵の携行食「打飼袋」「芋茎縄」について触れた第一章、弁当2千人前・弁当長持15棹という江戸時代特有の師匠の花見における豪華絢爛な「花見弁当」を取り上げた第二章、「松花堂」の考案者・湯木貞一が茶道の精神を取り込み、「おもてなしの料理」へ昇華させたことを詳述した第五章、今日の料理人の心構えの基礎となって道元の「典座教訓」「赴粥飯法」などを紹介した第六章などがとくに面白い。

この本のいいところはまだある。重箱弁当を食べるようにどの章から読んでもいいように組み立てられている。手元に置いて二度、三度読みたくなるはずだ。

読んだ後は、「弁当」を食べる人はまったく別の味わい方を覚え、作る人は一段と心を込めることになること請け合いだ。

本音を明かせば、〝読まなければよかった〟と後悔したことが一つだけある。著者とは数年前、OSI(沖縄観光産業研究会)の勉強会で知己を得て、「和食文化」と「ファッション」の講話を拝聴した。小生より少なくとも1周りは年下だろうと思っていたが、著者プロフィールで年齢が〝暴露〟されている。小生とほとんど同じなのに驚愕した。なにも正直に書かなくともいいのでは…。 

「上げ底」はより美しく見せる弁当のテクニックではないですか、権代さん!

著者プロフィール 1950年生まれ。大阪府出身。日本女子大学卒業、立教大学大学院修了。日本航空㈱国際線客室乗務員・文化事業部講師を経て、ヒューマン・エデュケーション・サービス設立。1997年より(財)日本交通公社嘱託講師、国土交通省・観光庁・自治体の観光振興アドバイザーや委員を務める。2009年より横浜商科大学、文教大学、高崎経済大学の兼任講師(ホスピタリティ論、アーバンツーリズム、ライカビリティの心理と実践、他)。著書:『新現代観光総論』(共著、学文社、2019

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小生も40代の半ば、女房が死んだために約10年間、主夫を務め、小学生の息子2人を育てた。

食事だけはしっかり作ろうと、料理本を頼りに和食、中華、イタリアンは一通り作れるようになった。時間がないので途中でやめたが、昆布と鰹節で出汁をとり、鶏ガラでスープを取った。得意なのはカレーライスやラーメン、親子丼、チンジャオロース、八宝菜、回鍋肉、お好み焼き、リゾットなどだった。

給食のないときは、子どもに恥ずかしい思いをさせたくなかったので、前夜から弁当づくりに精を出した。

「キャラ弁」は作れなかったが、十八番は「松花堂」「幕ノ内」だった。「料理の五色」-つまり「野菜の緑、卵焼きの黄色、にんじんの赤、ご飯の白、豆やゴマの黒」(146ページ)などを必ず盛り込んだ。

フキの煮物、干し椎茸の含め煮、高野豆腐、身欠きにしんなど普通の主婦が作らないものも意識して盛り込んだ。イワシの煮物は骨まで食べられるよう圧力なべで煮た。手間暇がかかる空揚げ、肉団子などはスーパーで買ったものをそのまま入れた。タッパーに果物を入れることも忘れなかった。子どもが残したことは一度もなかった。

そんなに力を入れたのに子育てに失敗した。〝愛〟が欠如していた。母親のようにハグしなかったからだと気が付いたときは遅かった。

 

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