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2020/06/18(木) 00:38

今日は丸山健二「千日の瑠璃《究極版》」(求龍堂)の主人公・少年世一の命日

投稿者:  牧田司

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わが家の庭のアジサイとマーガレット

今日618日は、小生が現役作家の中でもっとも好きな丸山健二さんの代表的作品「千日の瑠璃《究極版》」(求龍堂、上下巻分冊)の主人公・少年世一の命日だ。

「《世一》という少年の一粒の命が照らす、「この世」という凡庸であっても網の目のように込み入った世界の中で、生と死が、光と闇が生まれては消えてゆく……『私は風だ』という出だしから始まり、『私は棺だ』『私は口実だ』『私は生ビールだ』『私は退廃だ』……1000通りの語り部で綴られる『千日の瑠璃』が、22年ぶりに大改造が加えられ、鮮やかな色彩と感情の交錯する圧倒的な存在感をもって復活。改造作業を終えた丸山健二が筆を置き難かったという、《世一》の短くも輝き通した人生の物語。2014年に古希を迎えた丸山健二の記念碑的作品」(ブックレビュー)に嘘はない。上下巻それぞれ1000ページもあり、値段も少し高い(各3,080円)が、間違いなく価格以上の価値がある。以下に少年世一が空高く舞い上がるクライマックスシーンを紹介する。

私は揚力だ。

うたかた湖に面した崖っぷちにある揺らぎ岩、そのてっぺんによじ登った少年世一が確認するところの、揚力だ。

岩の揺れは世一の体の震えのせいで一段と増し、いつ落下しても不思議はないほどになっている。

しかし、飛ぶのは世一であって、岩などではない。

飛行に際して世一は、籠をいっぱいに開けてオオルリを空へと放つ。

それは初夏の光のなかでまさしく瑠璃色の塊と化す。

そして、一度も振り返らず、一度も旋回しないで、世一が目指そうとする方角へ一直線に飛び去り、現し世の青に吸い込まれて消える。

もはや世一の目が地上に向けられることはない。

百数十メートル下には、先日の雨が新たに崩した尖った岩がごろごろしている。

その向こうには湖岸に沿った硬い道路があり、うたかた湖はそのもっと先に横たわっている。

転がり落ちた岩はどれも、湖どころか道路までも届いたためしがないのだ。だが、今、世一の頭は湖の水でいっぱいに満たされている。

やがて、揺らぎ岩がかつてなかった角度で傾く。

世一はその動きに逆らわない。

むしろ体を前に倒してゆき、限界に達したところで、やおら光のなかへ飛び出して行く。

痙攣が両腕に集中する。

そこまで信じられたからには何もしないわけにはゆかず、私は少しでも滞空時間を延ばそうとする。

せめて頭髪が変色した分だけは羽ばたきを支えようと頑張る。

上昇気流が異常なまでに強まったせいもあって、世一は今、漠々として計りがたい空間の一角を、紛うことなく飛翔しているのだ。

文壇とは一線を画し「孤高の作家」と呼ばれる丸山さんは今年77歳。最新刊「ブラック・ハイビスカス」全4巻がいぬわし書房から近く発刊されると聞いている。メルヴィルの「白鯨」を超訳した「白鯨物語」(眞人堂)もお勧めだ。

わが国の作家でノーベル文学賞を受賞するなら丸山さんしかいないと思うが、〝言霊の魔術師〟の文学を海外に翻訳できる人はいないのが残念。

 

 

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