積水ハウスは12月7日、弁護士の菊地伸氏を委員長とする「積水ハウス総括検証委員会」による「分譲マンション用地の取引事故に関する総括検証報告書」を公表した。
取引事故とは、2017年4月から6月にかけて、地面師グループによる詐欺行為により品川区西五反田の土地所有者ではない第三者と約63.8億円の売買契約を締結した結果、法務局から売買契約は無効、登記申請が却下され、同社は支払い済みの約55.6億円の損害金を特別損失として計上した事案だ。損害金が巨額で、わが国を代表するハウスメーカー・デベロッパーのプロがもはや死語と化したと思われる「地面師」に騙されるという前代未聞の事件であることからメディアでも大きく報じられた。
その後、事故は意外な展開を見せる。2018年1月24日に行われた同社取締役会で、当時の代表取締役会長・和田勇氏は不正取引を防止できなかった責任は阿部俊則社長(現会長)にあるとし退任を要求したが、逆に和田氏が辞任させられる事態となり、この内紛劇もまたマスコミの餌食となった。
さらにまた、和田氏らは今年4月の株主総会で阿部俊則会長ら現取締役の刷新を求め、和田氏を含めた11人の取締役候補を株主提案したが、1人も選任されず否決され、会社提案の現取締役が選任された。
同社は、今回の取引事故で起訴された犯人グループ全員に対する第一審有罪判決(10名中6名が確定)が本年6月までに言い渡されたことを受け、詳細な事実経緯などについて株主、顧客、取引先などステークホルダーに対する説明責任を果たすことを目的に、今年9月に総括検証を行う外部専門家による総括検証委員会を設置した。
「総括検証報告書」(以下「検証報告書」)は、2018年1月24日付の「調査報告書」も含め100ページ以上にわたるもので、事件の概要、原因分析、再発防止策の実効性検証、事件発覚後の同社の対応の検証などについて詳述している。
原因分析では、「本件取引は、第三者(H1の個人会社)を介して地主(X氏)から物件を購入する取引である。H1及びその個人会社には信用すべき取引実績がないのであるから、積水ハウスは、H1及びその個人会社の信用に依拠することはできず、真の所有者からの真正売買であることを自らの責任で判断すべき立場にある」にもかかわらず、本人確認を怠った東京マンション事業部、取引をチェックする立場にあるはずのマンション事業部、稟議手続を担当する不動産部、回付先である法務部、経営企画部、経理財務部も物件特性を踏まえた審査を行ったとは認められないと指摘。
「結語」として「本件取引事故は、絶好のマンション用地を好条件で入手できる機会に、マンション事業本部及び東京マンション事業部が前のめりになり、取引特性を踏まえ慎重に確認することなく、様々なイエロー又はレッド・フラッグを取引妨害の証と信じ込み、決済に至り大きな損害を招いた事例である。本件取引事故を引き起こした積水ハウスの構造的要因として、縦割意識の強さ(本社又は他部門の干渉を嫌い、縦割りのトップダウンの意思決定に異議を唱えにくい企業風土)、牽制機能の弱さ(牽制権限の不明瞭さ、牽制する職責への自覚の欠如、牽制するための専門性の欠如)、及びリスク意識の低さ(リスク意識を高めるための方策の不足)を見ることができた」とし、「積水ハウス経営陣は、その視線を内側のみに向けることなく、ステークホルダーに対しても真摯に向き合って説明責任(アカウンタビリティ)を果たすという強い意識をもつことが望まれるところである。本検証報告書を機に、改めて本件取引事故の反省を出発点に、構造的問題を解決するに足る十分な再発防止策を実施しているか、アカウンタビリティを果たすだけのディスクローズ・対話ができているかを自問し、新しい事象の発生の都度、足らざるを補っていくことが期待される」と締めくくっている。
また、2018年報告書が指摘した経営陣の責任については、「本件取引事故は積水ハウスないしその関係者が引き起こした不祥事事案ではなく、地面師グループによる詐欺被害を防止し得なかったという事案である。(中略)上記被害を防止し得なかった原因は積水ハウスの当時の稟議システム、社内環境や内部統制、あるいはリスク意識の希薄さといった点に認められるのであって、一部の業務執行取締役のみ重い責任を問われるようなものではなく、過去から本件取引事故まで積水ハウスの経営にあたった者の共通の問題である」とし、「取締役としての任務懈怠に該当するとの評価の根拠が明らかにされておらず、責任を議論する前提が欠けている。単に『審査が不十分であった』『最後の砦である』というだけでは、法的責任の根拠たり得ない」として退けた。
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今回の「検証報告書」は、裁判が継続中ということもあってか明らかにされていない問題点もいくつかある。
中間業者(検証報告書ではH1)がどのような役割を担ったかについて触れられていないのがその一つだ。
2018年報告書では「稟議時点の中間業者が、相手方の申入れで変更されているが、新しい中間業者は、当初の中間業者の㈱●●(H1)から●●㈱(H2)というペーパーカンパニーに変更され、代表者も女性に変わっている。これに強い疑問を持つべきであった。
なお、●●の2名の女性取締役の内、代表取締役●●の夫の背景調査はなされておらず、取締役●●の夫は、●●元代議士である。そして、この会社は事件後に繋がりを消すためのペーパーカンパニーであり、このような会社は、絶対に、当社の取引先であってはならない」と、強い調子で批判している。(●●は検証報告書に添付された資料のまま)
しかし、今回の検証報告書では「A1営業次長は、H1が実質的に決定権を持っている会社ならそれで構わないと考え、積水ハウスはこの変更に同意した」としか記述されていない。
これが、いわゆる牽制機能の弱さ、リスク意識の低さに由来すると言われればその通りなのだろうが、釈然としないものを感じる。
真偽のほどはともかく、同社は「H㈱の所在するビルの一室はOの後援会、P党代表、詐欺集団の混在する悪評高き事務所である」旨のメール(リスク情報)を得ている。O、あるいはPは元国会議員のはずで、この段階でどうして詳しく調査しなかったのか疑問は残る。解明すべきだと思う。
さらにまた、偽X(詐欺師グループ)の代理G1弁護士はどのように事件と関わっているのかも不明だ。
検証報告書には「偽Xは現地に現れず、代わりにG1弁護士が鍵を持参してやってきた。G1弁護士は、病院に行かないといけないので建物内覧の現地に代わりに行ってほしいとX氏(偽Xのことか=記者注)から依頼されたと説明し、持参した鍵で、本件不動産の建物の勝手口の南京錠を開錠して建物内に入った」とあり、東京法務局も「登記申請書類の一つであるG1弁護士作成の本人確認情報に資料として添付されていた国民健康保険被保険証の写しが偽造されたもの」と断定している。G1弁護士もまた騙されたということなのか。
もう一つ、検証報告書では、調査に同社役員ら約20人へのヒアリングを行ったとしているが、2018年報告書の作成に関わった4人のうち2人からのヒアリングを行っていないこともどうしてなのか。
検証報告書は、2018年報告書がより踏み込んだ原因分析を行わなかったのは「極めて残念」としているが、どうして2018年報告書が2018年1月24日開催の取締役会の直前に再発防止策の検証・協議及びその内容の答申を2017年調査委員会の目的から除外したかの理由について触れていないのも疑問として残る。
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読者の皆さんは「地面師」をご存じか。記者は小説などで知っており、実際にだまし取られた人の話を聞いたことがある。検証報告書には同社の用地取得関係者ら44人にアンケート調査しており、このうち約半数の人が「地面師の言葉は知っている」と答えている。
「詐欺師」がいかにすごいかは、黒岩重吾「詐欺師の旅」(角川文庫)を読んで頂きたい。本物の詐欺師は自分が詐欺を働いていることを自覚していないという。