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2021/10/10(日) 16:54

「心理的瑕疵」「嫌悪施設」とは何か 釈然としない国交省「死の告知ガイドライン」

投稿者:  牧田司

 国土交通省は10月8日、「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を発表した。これまで人の死に関する案件の判断基準がなく、取引現場の判断が難しいことから、宅建業者が負うべき義務を示したもの。ガイドラインは次のように定めている。

 ①宅地建物取引業者が媒介を行う場合、売主・貸主に対し、過去に生じた人の死について、告知書等に記載を求めることで、通常の情報収集としての調査義務を果たしたものとする

 ②取引の対象不動産で発生した自然死・日常生活の中での不慮の死(転倒事故、誤嚥など)については、原則として告げなくてもよい

 ③賃貸借取引の対象不動産・日常生活において通常使用する必要がある集合住宅の共用部分で発生した自然死・日常生活の中での不慮の死以外の死が発生し、事案発生から概ね3年が経過した後は、原則として告げなくてもよい

 ④人の死の発生から経過した期間や死因に関わらず、買主・借主から事案の有無について問われた場合や、社会的影響の大きさから買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合等は告げる必要がある

◇       ◆     ◇

 厚生労働省の直近のデータによると、不慮の事故死は38 069件、自殺者は21,081人、殺人は950件などとなっており、死に至らなくともこれらの「事故」件数は少なくとも数倍はあるはずだ。

 これらのうち、不慮の事故死については、宅建業者が重要事項説明書で一つひとつ告知しなければならないのはさすがに酷だと判断したのだろう。除外したのは当然だ。

 今回のガイドラインの根拠とされるのは次の民法の規定だ。

 (買主の追完請求権)

 第五百六十二条 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。

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 不動産業界用語でもある「心理的瑕疵」は、アットホームによると次のように定義されている。

 「心理的瑕疵とされているのは、不動産物件の取引に当たって、借主・買主に心理的な抵抗が生じる恐れのあることがらをいう。自殺・他殺・事故死・孤独死などがあったこと、近くに墓地や嫌悪・迷惑施設が立地していること、近隣に指定暴力団構成員等が居住していることなどである。

 物件の物理的、機能的な瑕疵ではないが、物件の評価に影響することがあるため、知っていながらその事実を説明しない場合には契約不適合責任を問われることがある。もっとも、何が心理的瑕疵に当たるかについての明確な基準はない」

 また、不動産流通促進センターは嫌悪施設として、騒音や振動の発生源となる高速道路等の主要道路、飛行場、鉄道、地下軌道、航空基地、大型車両出入りの物流施設等、煤煙や臭気(悪臭)の発生源となる工場、下水道処理場、ごみ焼却場、養豚・養鶏場、火葬場等、危険を感じさせるものとしてガスタンク、ガソリンスタンド、高圧線鉄塔、危険物取扱工場、危険物貯蔵施設、暴力団組事務所等、心理的に忌避されるものとして墓地、刑務所、風俗店、葬儀場等を例示している。(「等」も曲者)

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 これらについてコメントする立場にないが、ガイドラインにも「心理的瑕疵」「嫌悪施設」にも釈然としないものを感じる。

 われわれ人間は一つ間違えれば、自死、孤独死、あるいは殺人も含め当事者になる可能性もある脆さ、危うさを抱えている動物だ。その意味では、猛禽類より危険な存在だ。

 例示されている嫌悪施設は、われわれ危険な動物が生活するために必要なものだし、そこで働く人はいわゆるエッセンシャルワーカーだ。三井不動産常務執行役員ロジスティクス本部長・三木孝行氏は「われわれは街を造っている。もはや嫌悪施設ではない」と言い切ったのを思い出す。

 「心理的に忌避されるものとして墓地、刑務所、風俗店、葬儀場等」と「等」があるように、コロナ禍では「夜の街」がやり玉に挙げられた。われわれは平気で差別的な決めつけを行う。

 かといって、騒音・CO2を撒き散らす車の製造責任は問われないし(問われているか)、乗る人も嫌悪・忌避されるわけではない(これも最近問題になっているか)。実に勝手な解釈を行う。こういうのをご都合主義という。最近人気の都心マンションの多くは嫌悪施設と隣り合わせの商業系・工業系立地ではないか。

 このように、よくよく考えてみると、われわれ人間そのものが嫌悪・忌避される存在であり、「瑕疵」「心理的」「嫌悪施設」の概念もあいまいであることに全て起因するのではないか。釈然としないのはそのためだ。

 「瑕疵」はキズ、欠点、落ち度などと同義語で、法律の概念でもあるが、なにをもって瑕疵とするのかは難しい。住宅で言えば「経年美化」(積水ハウス)の言葉や「経年優化」(三井不動産)の造語もあるように、年と共に価値が向上するものがある半面、賃貸借契約で原状回復をめぐってトラブルが絶えないのは「経年劣化」の定め・考え方があいまいだからだ。

 「心理的」という語彙もまた難しい。人の心理、あるいは精神は常に揺れ動き不動ではなく歴史や文化、時代と共に絶えず変化する。これと「瑕疵」を結びつけ、法律などで規制(民法には「隠れた瑕疵」はあっても「心理的瑕疵」の文言は一つもないが)するのは極めて危険なことだと思う。

 例えば喫煙。チャーチル、マッカーサー、吉田茂、松本清張、石原裕次郎などみんなそうだ。かつて喫煙は〝かっこいい姿〟としてもてはやされた。記者の小さいころは、学校の先生はタバコを吸いながら教壇に立っていた。

 いまはどうか。わが多摩市は「あなたをタバコの煙から守ります」などと横断幕を掲げる。吸う前からきちんと高い税金を払っているというのに、われわれ喫煙者はまるで犯罪者扱いだ。狭い喫煙室に押し込まれるたびにアウシュビッツの「ガス室」を連想するのは記者だけではないはずだ。

 公園ですら「飲酒・喫煙禁止」「キャッチボールなど禁止」「大声禁止」「楽器演奏禁止」「火気厳禁」「早朝・夜間の静粛」…とあるように、嫌悪施設に転落しかねない要素をはらむ。保育園の設置に反対する住民行動も多い。

 マンション管理規約にも最近はバルコニーでの喫煙を含む「火気厳禁」が盛り込まれており、「新聞配達の音がうるさい」「ハイヒールの音がうるさい」「窓を開けるとうるさい」などの苦情例もある。管理規約に「ペット禁止」が盛り込まれている、今では〝瑕疵〟とも取れる物件も少なくないはずだ。

 生き死には人間の尊厳にかかわる問題だ。「心」の問題に国が土足で踏み込んでくる。それに迎合する不動産会社・団体もある。何だか窒息しそうな嫌な世の中になってきた。

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 国土交通省は「心理的瑕疵」について、次のような判例を示している。

 ①「売買の目的物に瑕疵があるというのは、その物が通常保有する性質を欠いていることをいうのであつて、右目的物が家屋である場合、家屋として通常有すべき『住み心地の良さ』を欠くときもまた、家屋の有体的欠陥の一種としての瑕疵と解するに妨げない。」(大阪高判昭37.6.21)

 ②「売買の目的物に民法570条の瑕疵があるというのは、…目的物に物理的欠陥がある場合だけではなく、目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥がある場合も含まれる」(大阪高判平18.12.19)

 ③「建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景など客観的事情に属しない事由を持って瑕疵といいうるためには、単に買主において右事由の存する家屋の居住を好まぬというだけでは足らず、さらに進んで、それが、通常一般人において右事由があれば『住み心地の良さ』を欠くと感ずることに合理性があると判断される程度にいたつものであることを必要とする」(大阪高判昭37.6.21)

 これも難しい。いったい「住み心地の良さ」とは何か。一応、国が定めた健康で文化的な住生活を営むための「都市型誘導居住面積」である3人家族で75㎡(未就学の子の世帯は65㎡)、4人家族で95㎡(同85㎡)はあるが、23区内で取得するのは絶望的になっている。それどころか、郊外部でも最近は66㎡(20坪)の3LDKが堂々とまかり通っているのが現状だ。

 

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