「九段会館テラス(KUDAN-KAIKAN TERRACE)」
東急不動産と鹿島建設は9月8日、登録有形文化財「旧九段会館」の保存・復原プロジェクト「九段会館テラス(KUDAN-KAIKAN TERRACE)」 が完成したのに伴う記者説明会・内覧会を行い、10月1日(土)に開業すると発表した。「水辺に咲くレトロモダン」をコンセプトに、旧九段会館の創建時の技術・素材を活かした保存部分と、IoTを活用した最新鋭のオフィスとの新旧融合を図っているのが特徴で、数十社のメディアが駆けつけるなど関心の高さをうかがわせた。
新築の17階建てオフィスは制震構造、保存部分の5階建て旧九段会館は免震構造を採用。保存・復原では、創建時の写真などをもとに忠実に再現したゲストルームのほか、バンケットホール、玄関ホール・プラザなどは残せるものは残し、意匠・デザインを損なわないようLED照明、建材などを厳選して採用。単に展示して眺めるだけの場にせず、日常利用を続ける動態保存としている。
創建時のまま残されている外壁には、経年により風合いを増したスクラッチタイルや擬石を活用できるよう温水高圧洗浄や表面微細研磨を行ったうえで、安全対策としてスクラッチタイルには約54,000本、擬石には約7,300本のアンカーピンニングを実施している。
オフィス部分には、国内のオフィスビルへの導入は初となるスマートガラス「View Smart Glass」を採用。建物屋上に設置したセンサーとAIにより、太陽の位置や天候に合わせてガラスの透過率を4段階で自動調整し、室内に差し込む自然光・熱量を最適化。空調や照明によるエネルギー消費量を最大約20%削減する。2~4階には約20~80坪の小規模オフィス・ラウンジ「Classic Office& Classic Lounge」(2~4階)を設けている。
現在、オフィス部分のリーシングは約9割が、「Classic Office& Classic Lounge」は約5割がそれぞれ成約済み。緑と水辺に近い、他にはない特性が評価されているという。
企業の健康経営をサポートし、オフィスワーカーの多様な働き方を実現するウェルネスオフィスとしているのも特徴の一つ。地階のシェアオフィスには、MONOSUS社食研が運営する新しい形の職域食堂「九段食堂KUDAN- SHOKUDO for the Public Good」を併設、食材は全国の農家から直送されるオーガニックなものを中心に提供する。1階には内科・皮膚科・耳鼻科・歯科・薬局などのクリニックモールを開設。入居企業は、健康経営の達成度や成果を確認することができる。
保存部分屋上には、一部来館者も利用可能な屋上庭園とラウンジを整備。地元・行政と連携した交流の場として「九段ひろば」「お濠沿いテラス」「九段こみち」も整備する。
説明会で東急不動産取締役常務執行役員都市開発ユニット長・榎戸明子氏は「歴史的建造物の復原の取り組みは当社初。『レトロモダン』をテーマに、例を見ない希少性を生かし、ポテンシャルの高い事業にも対応できる新しい形の施設とし、オフィスワーカーの安心・健康などの仕掛けも盛り込んだ。90年の歴史の重みを受け止め、今後しっかり運用していく」と語った。
来賓として登壇した財務省理財局国有財産業務課長・梅野雄一朗氏は「極めて難易度の高いプロジェクト」にチャレンジした3社を讃えた。
トークセッションでは、同社都市事業ユニット開発企画本部執行役員本部長・根津登志之氏は、創建時の建物保存とオフィスの事業性を両立させるのに苦心したなどと述べた。
また、施工を担当した鹿島建設九段会館テラス工事事務所長・神山良知氏は「旧九段会館の建設に携わった職人技に感動を覚え、それを原動力に高い次元で検討を重ね、最高の建物が完成した。プロジェクトに参加できてとても嬉しい。建物保存では親和性を重視した」などと語った。
施設は、東京メトロ・都営新宿線九段下駅から徒歩1分、千代田区九段南一丁目に位置する敷地面積約8,765㎡、地下3階地上17階建ての延床面積約68,036㎡。設計は鹿島・梓設計・工事監理業務共同企業体。施工は鹿島建設。竣工は2022年7月29日。開業は10月1日。期間70年の定期借地権付き。
旧九段会館は1934年(昭和9年)に完成。昭和初期の時代性を表現した「帝冠様式」と呼ばれる外観的特徴を備えているのが特徴で、主に軍の予備役・後備役の訓練・宿泊に利用された。1936年の二・二六事件では戒厳令司令部が設置され、1937年には愛心覚羅溥傑と嵯峨浩との結婚式場ともなった。
終戦後はGHQに撤収され、その後、1957年(昭和32年)に日本遺族会に無償で払い下げられ、名称を「九段会館」に変更しレストラン・結婚式場として再開業された。2011年の東日本大震災時にホールの天井が崩落したことをきっかけに国に返還された。
東急不動産、鹿島建設、梓設計の3社は2018年3月、登録有形文化財「旧九段会館」の保存・復原プロジェクトコンペで選定され、今回の竣工となった。
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小生も旧九段会館はコンサートやイベントなどのほか、近くに取材する機会があったときなどはレストランも利用したことがあるが、内装などを今回ほどじっくり見学するのは初めてだった。梅野氏が「極めて難易度の高いプロジェクト」と語り、神山氏が「職人技に感動を覚え、それを原動力にした」「真正性を重視した」という言葉がとても強く印象に残った。
その当時の職人技と、それを再現した同社の技術力の高さは素人の記者でも手に取るように分かる。
応接室・役員室として使用されていた2階のゲストルーム「葵」と「雅」は、GHQが白いペンキで塗りつぶしていたという壁、天井などのペンキをはがし、当時の雰囲気を忠実に再現している。無垢のチーク材の扉、真鍮の丁番・蝶番、寄木張りの床、絹織物の天井、皇族用としか採用されなかった金と銀をテーマにした文様の布クロスなどだ。
腰壁に採用されているえも言われぬ文様の腰壁の石について、神山氏は「この石は国産に間違いないが、どこの石か調べても分からない。全部で採用されている石は21種でうち国産は11種」と話した。
玄関ホールも見事という他ない。創建時採用されていた褐色の大理石は、国会議事堂の総理大臣室の暖炉などにも採用されている長州オニックスと呼ばれる希少な素材で、その素材感などを損なうことなく新たな空間として演出されている。
天井高約7.2m、広さ298㎡の「真珠」と「鳳凰」のバンケットルームは、当時の写真などをもとに一部の床はナラ材のエイジングを施したヘリンボーン仕上げとし、織物クロス、真鍮下地に錫メッキを施した「真珠」をモチーフにした金属装飾を復原して採用している。
外観・外壁には、創建時のスクラッチタイル、擬石をそのまま採用。約28,000枚の屋根瓦のうち半数はそのまま転用し、新たに採用した瓦は復原前の「織部色」を再現するため釉薬の配合比率を変えながら40枚以上の試作を繰り返し、その中から4枚を採用している。階段や壁に使用されている貴重な大理石なども、熟練石工の職人技で復原されている。
玄関ホールには、1枚250㎏のブロンズ製扉4枚からなるものが3か所に採用されているが、下地のスチールは腐食が進んでいたため、ステンレス製に作り直し・組み直しを行って再生している。
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「九段会館及び同敷地に関する検討委員会」の委員長を務めた、都市計画問題に深くかかわった伊藤整の息子でもある東大名誉教授・伊藤滋氏(93)も元気な姿をみせ、トークセッションに参加した。
MCからコメントを求められると、伊藤氏は「二・二六の日はね、私は5歳か6歳で、凄い雪の日で、上野から中野までバスでおばさんの家に行ったのだが、凄い積雪があったのが頭に残っている。軍人会館は、小学5年生のとき、空軍の偵察機に乗ることになった従妹に連れられて行ったことがある。軍人会館がぼくの頭にこびりついている。『九段会館テラス』のネーミングはとてもいいし、軍人会館はすぐ戦争を思い出すように強烈な個性があったが、(3社の)提案はそれほど自己主張していなかったのがよかった」などと語った。