読者の皆さん、次の2024年1月に行われた「宅建マイスター」の試験問題を解いていただきたい。
【コンプライアンスに関する問題】
宅建マイスターTが、部下の宅地建物取引士Xから報告を受けた内容に関する次の文章を読み、下記の問題に答えなさい。
宅建業者甲社の担当者Xは、売主Aが所有する自宅マンションについて、売却希望価格4,500万円で専任媒介契約を締結した。
その後の営業活動の結果、自社が依頼を受けている購入希望者Bから4,250万円で購入申込があった。
また、その直後、宅建業者乙社の客付けで、数日前に内見をしていた購入希望者Cから4,300万円で購入申込が入った。
Bは、このマンションの購入に当たり、所有する自宅マンションを売却して、買換え資金に充当する予定である。なお、自宅マンションの売却活動はこれからであるが、甲社の営業エリア内にあり、過去に同マンション内の別住戸の専任媒介を受託し、早期に成約に至ったことのあるマンションである。
Cの購入資金は、購入申込書の記載によると現金とのことであった。
Bとの契約を成立させれば、売主、買主両方から媒介報酬が受領でき、さらにBの自宅マンションの専任媒介も得ることができることがこれまでのBとの交渉でわかっている。
乙社の客付けだとAからの媒介報酬しか得られない。
そのためXは、Aへの報告に際しては、Cから申込があったことは伏せ、自社での両手取引を成立させることを第一に商談を進めようと考えている。
この報告をXから受けた上司の宅建マイスターTは、Xの行動に対してコンプライアンス上の問題点を指摘し、商談の組み直しを具体的に指示した。
【問題】
宅建マイスターTが、担当者Xに指摘した①コンプライアンス上の問題点と、②それに基づいた具体的な商談の組み直しの指導内容を、それぞれ100字から150字程度で解答欄に記入しなさい。
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「宅建マイスター」とは、不動産流通促進センターが2014年にスタートさせた認定制度で、①顧客の信頼感を得る幅広い知見②広範な実務知識の深掘り③コンプライアンス意識の醸成-の3つの能力を身につけた「宅建士」を「宅建マイスター」とし、顧客利益の最大化と取引件数の拡大・収益の拡大の両方を合致させようとするものだ。
当初は、通信講座と集合研修を受講した上で、修了試験に合格した人を「宅建マイスター」と認定していたが、2017年8月から試験制度に移行した。これまで約670人が認定されている。
そして同センターは2018年、宅建マイスターに認定されてから3年以上が経過した人の活動状況などを勘案してポイント「★」を付与し、「★」3個以上を取得した人を対象に試験を実施し、審査に合格した人を「宅建マイスター・フェロー」として称えることにした。これまで「宅建マイスター・フェロー」は全国で19人認定されている。
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記者は、全国の宅地建物取引士(宅建士)の登録者数約118万人、証交付者約57万人(令和4年度末)のうち19人しかいない「宅建マイスター・フェロー」の一人に話を聞く僥倖に恵まれた。
宅地建物取引業の都知事免許番号(11)の永幸不動産代表取締役・森下智樹氏(42)だ。
森下氏は、立教大学大学院社会学研究科を修了後、25歳で不動産会社に入社。入社3年目で宅建士の資格)取得。不動産売買・仲介、賃貸住宅仲介、賃貸マンション管理会社勤務を経て、平成24年4月、同社で勤務を開始し、現在に至っている。
「宅建マイスター」の資格を取得したのは2017年。試験制度がスタートしたその年に一発で合格した。「受験勉強を始めたのは3か月くらい前でした。妻が宅建士に挑戦するというので一緒に勉強しました。妻もその後、無事に合格しました」
その後、2020年に「宅建マイスター・フェローの資格を取得。論文テーマは「改正民法施行後の契約不適合責任について」(記者は読みだしたが、難しすぎて途中てあきらめた)。
宅建マイスターの資格については「不動産売買と賃貸住宅仲介の両方の知識が必要ですし、消費者契約法も必須科目になります。やる気さえあれば、独学で取得することも可能です」と話した。
記者がもっとも興味がある報酬については、「売買も仲介も一般のお客さま、とくに投資家はセカンド・オピニオンとして意見を求められます。一方で、宅建マイスターの資格を取得したからといって、コンサルティング報酬規程などは現段階ではありません」とのことだ。
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冒頭に戻る。「宅建マイスター」の問題を解いてみた。記者は40年くらい前、宅建試験にチャレンジしたことがある。3か月くらい勉強した。得点は33点で、合格点に2点足りなかった。宅建業法と法令上の制限は取材にも必要なのである程度は知っていたし、試験でもまずまず得点できたのだが、民放関係がぜんぜんダメだった。
宅建業法は消費者を保護するのが目的の法律だから、この問題は基本のコンプライアンスが問われている。出題者の意図はよくわかる。一方で、コンプライアンスを守らない、逸脱を誘う誘惑が満ちている売買仲介の現場が透けて見えるようだ。
記者は、XがCの購入申し込みがあることを上司に伏せるのは宅建業法上問題があると思うが、果たして何条に抵触するかはわからない。これで試験は不合格だろうが、「宅建マイスターTは、XにはA、B、Cに正直に事情を説明し、丸く収めるよう指示する(つまりBと契約するよう誘導する)」とでも解答する。
正答は次の通りだ。
① 購入価格が高く資金計画も有利なCの存在をAに伏せたままBと商談を進めることは、自社の利益を優先して売主の利益を毀損することとなり、宅建業法第31条に定める信義誠実の原則に反する行為である。また、乙社に対し事実と異なる内容で断ることは、同法第15条の公正誠実義務にも反する行為である。
② まず、Bと乙社に対し、既に別の購入希望者がいることを伝え、最終的にはAの判断になることを伝える。Aに対しては、B及びCの申込内容とそれぞれの契約条件のメリット、デメリットを説明の上、どちらの購入希望者を選択するか、Aの判断を仰ぐように指導した。
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皆さん、いかがか。Bと契約し、Bの自宅の売却の専任媒介を受託できれば数百万円の売り上げになるのに、Cだったら135万円だ。Xが勤務する会社の給与体系が歩合給なら、XだけでなくだれもがCの申し込みを伏せるのではないか。
それを了としない宅建マイスターはなんて倫理観が高いのだろう。だが、しかし、徹底して消費者利益を追求することが、やがてはXもその会社も社会的信頼を得て社業の発展につながるということはよくわかる。
全国の宅建士の皆さん、宅建マイスターを目指していただきたい。会社も応援すべきだし、報酬に関する規定・ガイドラインも示してほしい。