.jpg)
右から青柳氏、藤原氏、木村氏、記者
一昨日は、記者を育ててくれたアンビシャス安倍徹夫社長(81)を、先日は尊敬するジャーナリスト大越武氏(81)を紹介した。今日は、わが敬愛してやまない住宅業界のレジェンド三人組〝FAK〟を紹介する。藤原利彦氏(83)、青柳栄一氏(82)、木村久明氏(80)だ。
藤原氏は、記者の前職「週刊住宅」の先輩記者で編集長だった。何が凄いかといえば、食べることと記事を書くスピードだ。食べるのが速いのは、食糧難の時代に生まれ育った世代の方たちの特徴で、記者などの団塊の世代とは全然異なる。記事を書くスピードは記者の2~3倍速かった。せっかちなところがあったが、これもまた戦後の復興期を生きるための処世術だったのではないか。
なぜ速く書けたかといえば、当時、デベロッパーやハウスメーカー担当だった藤原氏の人脈の広さと決断力だ。記者などは取材のアポを取るのに半日くらいかかったのに、藤原氏は「もたもたするな。ついてこい」と、上場会社の広報室にアポも取らずに堂々と乗り込み〝ニュースはないか〟と凄んだ。
広報担当者と人間関係が構築できているからこその芸当だ。そんな藤原氏が、遅筆の記者に対して言い放ったのは「俺はグリーン上で記事を書いている」だった。
グリーンとはゴルフのことで、藤原氏はほとんど毎週1回、年間40~50回は業界人とゴルフをしていた。取材先の会社役員が圧倒的に多かったはずで、プレー中に記事ネタを仕入れていたようだ。うたい文句は〝〇〇の時代の到来〟だった。毎週のように〝革命〟を起こしていた。
これには勝てないと判断した記者の対策は、「人」ではなく分譲マンションや戸建てにターゲットを絞ることだった。週に3~5件、年間にして200件くらいの現場取材を行った。今でも単価予想をことごとく的中させることができるのはそのお陰だ。記者の値打ちは、どれだけ多く人の話を聞くか、どれだけたくさんモノを見るか、いずれかで決まる。
青柳氏と木村氏は、藤原氏を介して知るようになった。青柳氏はミサワホームの広報責任者として同社を取り仕切っていた。知名度はミサワ創業者の三澤千代治氏を上回っていたかもしれない。当時流行だったものまねが得意技で、片岡千恵蔵などは絶品だった。テレビ番組などで優勝したこともあったようだ。
木村氏は、旭化成ホームズの広報責任者だった。記者は直接取材を申し込んだ記憶はないのだが、同社のDNAなのだろう。お会いするといつも笑顔で歓迎してくれた。RBA野球大会の取材を通じ初代監督の堀井慶一氏、元社長・代表の故・土屋友二氏、元社長の平居正仁氏などから本業の話もよく聞いていたので、木村氏は記者の動静をすべて把握されていたはずだ。
冒頭の写真は、昨日(1月13日)、恒例のハウスメーカーなどで組織する住宅広報連絡会主催の新年会で主催者に撮影してもらったものだ。記者は固辞したのだが「お前も座れ」と指示されたので一緒に収まることになった。
3人からは「今年の一言」を聞いた。藤原氏は「休息の年(今でも精力的に活躍されている)」、青柳氏は「元気で過ごす」、木村氏は「若返りたい(年に30回くらいゴルフをされている)」だ。
今年も南越谷阿波踊り堪能 住宅広報連絡会(2025/8/23)

