
CRI
長谷工総合研究所の「CRI(Comprehensive Real-estate Information)」№571(2026年3月3日発行)のCRI REPORT「集まって住むこと~都市居住の『機能』と『意味』のバランスとは~」と、CLOSE UP「都市中心部で広がる住まいの新しい選択肢『買う/借りる』以外の選択肢を模索~」を興味深く読んだ。特に「集まって住むこと」では、筆者の豊田可奈子氏が「従業員個人が、まちのことや自ら住む集合住宅に関わる活動に充てられるよう、月8時間までは就業時間内で活動してもよいといった社内ルールやその成果を会社内で発表共有し合える場」を設けてはどうかという提案を行っているのに、記者も大賛成だ。労働生産性は向上し、街のコミュニティ醸成に効果があり、行政コストも間違いなく下げられると思う。
豊田氏は、経済合理性や利便性を追求する都市の「機能」が進化すればするほど、「意味」-すなわち、そこに住むことの価値やアイデンティティが失われつつあるのではないかと問題提起し、都市の「機能」と「意味」の二つの側面から今後のよりよい都市居住について考察している。
続いて豊田氏は、様々なデータから1970年代までの全ての住宅に占める共同住宅(≒集合住宅)の割合は17.5%だったのが、2023年9月では44.6%に上昇し、大都市圏で概ね55%以上が共同住宅であるとし、一方で、1980年代では核家族世帯が狩猟で会ったのが、2025年には全世帯の約4割が単身世帯であると指摘。
こうした社会の構造変化の過程の中で、経済合理性や利便性、効率性ばかりが注視されてきた結果、金太郎飴のような(記者はこれが悪だとは思わないが)画一化した景観や人々の生活パターンが生み出され多とし、「機能(ハード)」と「意味(ソフト)」の不均衡が生じ、「意味」の希薄化と孤立が進行していると述べている。
さらにまた、高度経済成長期からバブル期にかけて大量の集合住宅が供給された結果、建物の老いと居住者の老いという「2つの老い」だけでなく、「支える側」のマンション管理員などの高齢化という「3つの老い」を見逃してはならないという。
しかし、豊田氏は都市の「機能」と「意味」を二項対立的に捉えるのではなく、両者を統合的に再構築する必要が不可欠と述べている。
そして、ソフトの部分である「意味」を育てるには、不動産や建設・建築に関わる人の協力失くして進まないとし、「例えば、組織としてのまちづくりマネジメント会社を作るのではなく、従業員個人が、まちのことや自ら住む集合住宅に関わる活動に充てられるよう、月8時間までは就業時間内で活動してもよいといった社内ルールやその成果を会社内で発表共有し合える場があることで、関心はあっても時間や自信がない人の後押しができる仕組みになるのではないか」と提案している。
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皆さん、いかがか。この提案は学者先生ではなく、長谷工グループの社員が行っていることに意味がある。記者も大賛成だ。そこで、記者の提案だ。「隗より始めよ」だ。長谷工総研の社長・吉村直子氏とは昔、一緒に取材したことがある。現場を重視される方だ。吉村社長!まず長谷工総研の全てのスタッフで試験的に実行してはいかがか。小生は間違いなく有意な結果が得られると思う。そうなったら、長谷工グループ全体に広がり、さらに業界全体に広がると確信する。
ものはついでだ。都市の「機能」と「意味」について、豊田氏が触れていないことを少し言い添える。小生は「機能」と「意味」が分離・不均衡をきたした根源は、1960年代のエネルギー革命にあると見ている。小生が10代のころだ。皆さんは信じられないだろうが、それまでのエネルギー源は薪炭だった(都会は知らないが)。それまでは、農業の生産性が低いから「意味」がないと生きられなかった時代だ。それが、経済白書で「もはや戦後ではない」と明記されたのも、〝明るいナショナル〟〝光る東芝〟のCMが発表されたのも1956年だった。NHKの「明るい農村」が始まったのは1963年。小生も熱心な読者だった「家の光」は当時180万部発行されていた。早熟の小生は、恋愛小説をむさぼり読んだ。小学6年生の卒業作文は「大人になったら農林大臣になって、農家の暮らしを楽にしたい」だった。
その後、都市と農村の対立が激化し、都市が圧倒的勝利を収めたのは豊田氏の指摘する通りだ。
いまはどうかというと、「意味」が軽んじられた結果、様々な都市問題が発生した。生物多様性、森林・林業、農漁業の現状は言うまでもない。1960年ころから問題が浮上した不登校は全児童生徒の3.2%に当たる約30万人もいるというではないか。精神疾患患者も615万人、20人に1人の割合だという。自殺者は年間約2万人、孤独死は年間約7.6万人だという。地球温暖化を阻止しないと、人間も動物も生存が危ぶまれる時代だ。これらが全て「意味」を喪失したからだというつもりはないが、相関関係は間違いなくあると思う。
「都市中心部で広がる住まいの新しい選択肢」も興味深い。記者は、コスモスイニシアや野村不動産、三菱地所、三井不動産などのこれまでと異なる賃貸マンションを取材してきたが、「住まいは人を縛るものではない。生活に合わせて組み替えられる『道具』として再設計されるほど、都市中心部での暮らしは続けやすくなる。価格や立地といった条件だけでなく、自分が大切にする価値観を起点に『自分は何の固定をほどきたいのか(場所・関係性・費用など)』を言語化する。そこから住まいを選ぶ視点が、これから重要になる」とする筆者・島村和也氏の意見は一考に値する。
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同誌が毎号公表している首都圏のマンション市場データについて。記者が注目しているのは完成在庫の数値だ。これまでも何度も書いてきたが、マンション着工戸数と供給戸数の乖離が大きすぎで、完成在庫数をどう捉えていいのかよくわからないのだが、2026年1月末の首都圏の完成在庫は3,453戸だ。2025年の着工戸数40,305戸に対する在庫率は8.5%なのでまずまずとも受け取れるが、供給戸数21,962戸に対する在庫率は15.7%だ。これは危険ラインを突破している。
しかし、一方で、大手デベロッパーのマンション事業は絶好調だ。粗利益率は軒並み30%を突破しており、完成在庫率はみんな数%どまりだ。積水ハウスはわずか8戸という。
にも拘わらず完成在庫が増加傾向にあるということは、好調と不調の企業間格差が広がっていると読み取れる。ある郊外部のマンションをチェックしたら、分譲開始当時の坪単価より20%以上値引きされて分譲されていた。バブル期のように〝根雪〟にならなければいいが…。
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