発行:扶桑社
著者名:西口彩乃
判型:四六判 240ページ
定価:1540円(本体1400円+税)
発売日:2020/10/16
最初、西口さんが自ら著者となり「木のストロー」本を出版すると聞いたときは、だれかゴーストライターに依頼したアキュラホームの企業出版(ビジネス本)の類だろうと思った。世にどれほどこの種の本が出版されているか分からないが、売れるのはせいぜい数千冊、出版された端から忘れ去られるものがほとんどのはずだ。そんな無価値なものを出してどうするのだろうと心配もした。
同社が10月8日に発表したプレス・リリースには「主人公は著者である、広報担当の女子社員。建築やものづくりに縁の遠い、環境問題もド素人の本社勤務女子社員が、間伐材再利用と廃プラ問題解決のため、世界初木のストローの開発に立ち上がりました。社内の反発、失敗続きの試作品、記者会見当日の大トラブルを乗り越え、木のストローが生まれるまでの成功秘話と心の葛藤を綴っています。挫折しそうなときに、助けてくれた仲間や上司、ひどく傷つけられた一言、逆に元気づけられた言葉など、若い女性の視点で赤裸々に体験談を語る全部実話の本格ドキュメンタリー」とあったが、疑ってかかるのが記者の基本、この時点でも話半分に受け取っていた。
まあ、しかし、同社の宮沢俊哉社長が好きだし、「木のストロー」も応援したいので、本にも登場する「堀越課長」から頂いた本を読みだした。
読みだしたらもうどうにも止まらない。どうしてこんな内輪話まで〝赤裸々〟に暴露するのだろうと驚きもした。実に面白い。プレス・リリースは嘘ではなかった。
テーマは「木のストロー」だが、会社は何を目指すべきか、仕事とは何か、広報とメディアの関係、上司と部下、記者の役割などを考えるのに最適だと思う。
◇ ◆ ◇
西口さんは、同社に入社した2012年のころ、いかに「日報もまともに書けないだめっぷり」だったかを告白しているので紹介する。
「『本日の課題』は『ぼーとしない』。『気になった新聞記事』は、『明日から見ます!』という記述が数日続いている。同期はみんな、消費税や太陽光、税制など住宅に関する記事について書いていたのに、私ときたら書いた時でも、『アドベンチャーワールドでパンダが誕生』、『今日は夕方から雨が降るみたいです』という体たらくだった。
漢字もよく間違えた。言葉遣いがなっていないと怒られ、百貨店の店員さんの言葉遣いを勉強してこいと、百貨店に行かされたこともあった。営業なのにマニキュアを塗っていて、あきれた支店長は『時代はこうも変わってしまったのか』と嘆いていたそうだ」(31ページ)
「入社後早々、車で帰宅する途中、大きな事故を起こしてしまう。自損事故で幸いけが人はなく、私も奇跡的に無傷だったが、新車で買った車は即廃車。頭を打ち、救急車で病院に運ばれる騒動となった」(32ページ)
ところが、どうしたことか、車なしの営業で「約1年後、営業成績が、全営業の中で三位、私が所属する等級ではトップになった」(34ページ)とあるではないか。
その後、東京勤務に異動するが、「『ある朝出勤すると』『西口さん、本社の広報に異動してください』唐突にそう告げられた」(36ページ)
「木のストロー」に取り組むきっかけになったのは、「2018年8月、お盆休みのさなか、環境ジャーナリストの竹田有里さんら一本の電話がかかってきた…『アキュラホームで木のストローをつくれないかな? 』唐突に、世間話もなく、そう聞かれた」(12ページ)
しかし、そんな話が会社の稟議に通るはずはない。「(上司の堀越課長に)今回は絶対引き下がってほしくなかったのだが、鈴木役員の逆鱗に触れてしまった。
『何、言ってるの!うちはストローの会社じゃないでしょ!それでもやりたいと言うならストローの事業計画をつくって役員会に出しなさい!でもそんなことしている暇あるの!? 』鈴木役員の大声が聞こえてきた」(18~19ページ)
その翌日、堀越課長は鈴木役員からつくば支店に異動を命じられる。西口さんはその後、鈴木役員に直談判して許可を得るのだが…。
「木のストロー」の反響の大きさについては次のように書いている。
「(2018年)発表当日の取材は計47社。当日や翌日の新聞、ウェブニュース、ニュース番組やバラエティ番組でもたくさん紹介された。2020年9月現在までに、テレビ、ラジオが61回、新聞の一般紙で77回、専門紙は123回、ウェブメディアでは251回取り上げられていただいている」(116ページ)
そして、西口さんは「2019年は自社製造、G20での採用、横浜市との地産地消モデルなど、私にとっては、大しけの海で荒波に翻弄されるような一年だったが、ここにきて、ようやく港が見えた気がした」(208ページ)と締めくくっている。
◇ ◆ ◇
泣く場面もしばしば登場する。
「『約束破り』『考えられない』『信じられない』とすごい剣幕で怒鳴られ、私は言葉を返すこともできなかった。一番言われたくなかった人に言われてしまった…」(128ページ)
「A記者はずっと怒鳴っていた。私はただ、A記者の話を聞いていた。そうしてかなり長い時間が過ぎ、電話は切れた。私は、入社以来、初めて泣いた」(130~131ページ)
「控室に戻ると山本さんがいた。私の顔を見るなり、号泣し始める」(214ページ)
「私が喜びをかみしめている隣で、山本さんはまたウルウルと目を潤ませていた」(220ページ)
「このときばかりは、涙が出そうなほどうれしくて、ウキウキしながら会場に向かった」(221ページ)
◇ ◆ ◇
あんな芸当ができるなんて信じられないが、西口さんは趣味のチアガールについても触れている。
「チアを始めたきっかけは、(立命館)大学で3K(きたない・きつい・きけん)といわれていた土木を専攻したものの勉強には身が入らず、チアリ―ディングの3K(かわいい・きれい・キラキラ)に憧れたことだ。
チームに入ると、身長が小さい私は、トップというポジションにつくことになった。トップは宙を飛び、技を披露する。一見すると華やかだが、実際は、さまざまな技を習得しなければならず、自分が失敗すれば、チームの責任になった」(46ページ)
◇ ◆ ◇
実は、この本に小生も登場する。以下に紹介する。
◇
最後に手をあげたのは、いつもお世話になっている住宅系専門紙の年配の記者だった。
「ワクワクしてうれしくなっちゃいます。このホテルは僕が一番好きなホテルの一つで、デザインがすごく美しいと思っています」
唐突に話し始めたその記者の方は、ヒノキなどではだめなかのかという質問に続いて、記者から、導入のコストや間伐材のコストなどの質問が多かったことについて、
「みなさんコストのことばかり話されますけど、有害なものと有益なものを同じ土俵にのせて戦わせること自体、僕は間違っていると思います」
と、強い口調で語った。さらに、
「雇用の問題や森林事業の問題をみんなで考えていくべきではないでしょうか。プラスチックをやめてこういうものをどんどん使うべきだと思いますが、いかがでしょうか」
と問い、マイクを持った伊藤顧問が、一瞬、言葉に詰まった。ほかの記者の方もあっけにとられたようだったが、私はうれしかった。発表の会場で、記者の方がそんなふうに言ってくださることなど、これまでなかった。
私たちは本当にこの日のためにやってきたんだ……。
実感がわいてくる。今までの苦労がすべて報われた気がした。
◇
「年配の記者」とは小生のことだ。確かにこの通り質問した。少し補足すると、木造ファンの小生は、性質が異なる鉄やコンクリの土俵に木造を引きずり込んで戦わせるのに辟易している。それぞれがコストでは計れない価値を持っている。その計れない価値を見出し、記事化するのがわれわれの役割だ。
「木のストロー」が成功したのは、廃プラ・脱プラ、木造の時代、SDGsの流れに合致したからだと思う。西口さんも「ここにきて、ようやく港が見えた気がした」(208ページ)と書いているように、この事業は緒に就いたばかりだ。
アキュラホームと西口さん、ストローをつくっているシルバー人材の方々、障がい者施設の皆さん、頑張ってください。廃プラに踏み切れない企業の社長さん、そのうちに世の中から見捨てられますよ。
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世界初のカンナ削りの「木のストロー」 アキュラホーム 「Rooms40」に出展(2020/2/23)
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