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2021/01/30(土) 21:24

特措法・感染症法の是非を考える 早くも抑止効果? 〝悪法もまた法なり〟なのか

投稿者:  牧田司

 「新型インフルエンザ対策特別措置法(特措法)」「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」の改正案が成立する見込みだ。当初予定されていた事業者や感染者に対する刑事罰は科されず、都道府県知事からの営業時間の短縮の命令に応じない場合や、入院拒否や疫学調査拒否に対しては過料を科すことで与野党が合意したと報じられた。

 記者は、事業者などを一律にしかも事前に規制するのはどうかと思うが、感染者に対しては事後的にきちんと追跡調査を行うべきで、感染者もまた保健所などの調査に協力すべきだという立場だ。これは昨年からずっと主張してきた。以下、罰則の成否・是非などを書き連ねることにする。

 まず、積極的疫学調査について。国立感染症研究所感染症疫学センター(NIID)の「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」は次のようにある。

 「クラスター対策としての積極的疫学調査により、直接的には陽性者周囲の濃厚接触者の把握と適切な管理(健康観察と検査の実施)、間接的には当該陽性者に関連して感染伝播のリスクが高いと考えられた施設の休業や個人の活動の自粛の要請等の対応を実施することにより、次なるクラスターの連鎖は防がれ、感染を収束させることが出来る可能性が高まる。推定された感染源については、そこから把握できていないクラスターの存在の有無について確認し、新たなクラスターの探査を行うことで、感染拡大の兆しに早期に対応できることが期待される」

 これはこの通りだろう。だからこそ専門家は経路不明率を50%以下に抑えることを呼び掛けている。

 しかし、NIIDの調査には問題がありそうな気もする。調査票は4ページ41項目にも及び、保健所、病院の基本情報は当然ながら、患者の国籍、住所、氏名、年齢、連絡先、職業、勤務先、既往症(喫煙の有無も含む)、臨床経過などを記載することになっている。臨床経過では咳や熱、のどの痛み、鼻汁、倦怠感、頭痛、意識障害、けいれんの有無などだ。

 これらの質問項目に従って電話を通じて一つひとつ聞き出し、調査結果を電子データに落とし込む作業は大変なのは容易に想像できる。

 徒労感だけが募るこのような調査に加え、罰則規定が加わる。入院拒否や疫学調査に虚偽の報告をした人の罪を立証するために、調査するときに「虚偽の報告をすると、罰せられることがありますよ」などと告知し、応答を記録でもするのだろうか。そうでもしないと、裁判にでもなったら「虚偽報告」を立証できないだろう。国会議員の常套句「そのときは意識が朦朧としており記憶にございません」と答えられたらどうするのだろう。

 患者も大変だ。検査を受けようにも受けられず、入院もままならず、高熱にうなされ気が動転し、意識が薄れてでもいたら、保健所の聞き取り調査にどれだけの人が正確に答えられるだろうか。〝もうどうにでもしてくれ〟と言いたくなるのではないか。

 それにしても、感染源と思われる行動、場所などについての調査項目がないのはなぜか。職業・業種・学校名を記載する項目は1行のみなのはどうしてか。東京都の感染経路不明が50%を超え、感染者の40%の人が職業不明で、職業が判明している人は「医療関係者」「介護関係者」「医師」「タクシー運転手」「接客業」などと具体的に書かれている一方で、「会社員」「その他」「無職」などが圧倒的に多いのもこのためだ。

 いずれにしろ、法改正に伴うプレッシャーは感染者、保健師とも相当なものだろう。

 ただ、特措法・感染症法の改正の効果と断定はできないが、東京都の感染経路不明率は、一昨日(1月28日)は48.8%で、昨日(1月29日)は49.7%と2日連続して50%を切った。経路不明率が50%を割ったのは12月4日の49.2%以来実に1か月23日ぶりだ。今回の第三波では60%を超え、1月6日には71.7%と70%を超える日もあったことを考えるといい兆候だ。感染者も保健師も同じ方向を向いているからだと理解したい。

◇       ◆     ◇

 特措法・感染症法の改正については反対意見も多い。日本弁護士連合会は1月22日付で「感染症法・特措法の改正法案に反対する会長声明」を出した。

 声明は「今回の改正案は、感染拡大の予防のために都道府県知事に広範な権限を与えた上、本来保護の対象となるべき感染者や事業者に対し、罰則の威嚇をもってその権利を制約し、義務を課すにもかかわらず、その前提となる基本的人権の擁護や適正手続の保障に欠け、良質で適切な医療の提供及び十分な補償がなされるとは言えない」と断じている。

 反対理由の一つとして「刑罰(※)は、その適用される行為類型(構成要件)が明確でなければならない。この点、新型コロナウイルス感染症は、その実態が十分解明されているとは言い難く、医学的知見・流行状況の変化によって入院措置や調査の範囲・内容は変化するし、各保健所や医療提供の体制には地域差も存在する。そのため、改正案の罰則の対象者の範囲は不明確かつ流動的であり、不公正・不公平な刑罰の適用のおそれも大きい」と指摘する。

 そして、「単に入院や調査を拒否したり、隠したりするだけで『犯罪者』扱いされるおそれがあるとなれば、感染者は感染した事実や感染した疑いのあることを隠し、かえって感染拡大を招くおそれさえ懸念される」「安易に感染者等に対して刑罰を導入するとなれば、感染者等に対する差別偏見が一層助長され、極めて深刻な人権侵害を招来するおそれがある」と主張する。

 事業者に対する罰則については、「飲食の場に感染リスクがあるというだけで、死活問題となる営業時間の変更等を求められるのは、あまりにも酷である。かかる要請・命令を出す場合には、憲法の求める『正当な補償』となる対象事業者への必要かつ十分な補償がなされなければならず、その内容も改正案成立と同時に明らかにされなければならない。

 また、不用意な要請・命令及び公表は、感染症法改正案と同様、いたずらに風評被害や偏見差別を生み、事業者の名誉やプライバシー権や営業の自由などを侵害するおそれがある。

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止するためには、政府・自治体と市民との間の理解と信頼に基づいて、感染者が安心して必要な入院治療や疫学調査を受けることができるような検査体制・医療提供体制を構築すること及び事業者への正当な補償こそが必要不可欠であって、安易な罰則の導入は必要ないと言うべきである」としている。

 (※)日弁連が声明を発表したときの改正法は刑事罰となっていたが、与野党合意によって刑事罰ではなく行政罰になる。

 記者は、この日弁連声明に対して賛否のコメントは差し控えたい。わからないからだ。ただ、「罰則の対象者の範囲は不明確かつ流動的であり、不公正・不公平な刑罰の適用のおそれも大きい」という指摘はもっともだと思う。

 そして危惧するのは、日弁連も指摘する「政府・自治体と市民との間の理解と信頼」が構築されているのかどうかという点だ。われわれ国民と政府、専門家などとの「リスクコミュニケーション」は決定的に欠けていると言わざるを得ない。感染者は過料を科されることの負担と、言い逃れすることの利益を天秤にかけるはずだ。人の命より目先の利益が勝ったら、みんな過料を選ぶ…そんな世の中になるのか。

 だが、しかし、感染拡大を防止するため奮闘している保健所関係者、劣悪な環境で歯を食いしばって感染者の治療に当たっている医師や看護師、行政や地域からも見放された高齢者施設で働く介護事業関係者、さらには相対的に低賃金に抑えられているエッセンシャルワーカー(職業に貴賎なし。小生はあらゆる職業の人がそうだと思うが)などのことを考えると、みんなの命と生活を守るためにはある程度の忍従に甘んじ、行政の呼びかけに積極的に応えるべきだと思う。〝悪法もまた法なり〟というではないか。

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