
「仲通り」
三菱地所・三菱地所設計は1月30日、メディア向け「合同丸の内建築ツアー・懇親会」を行った。1891年(明治23年)、陸軍省から丸の内と神田三崎町の合計10.6万坪を128万円(12円/坪)で払い下げを受けてから、今日までの135年の継承と創造の丸の内の歴史を紹介するのがイベントの主旨で、当初予定の約30人をはるかに超える約50人の報道陣が駆けつけた。少しは丸の内について知っていると思っていた小生は、実際は何も知らなかったことを痛感させられた。丸の内を歩くのがまた楽しくなりそうだ。
冒頭、三菱地所設計経営企画部広報室主事・平井祐一氏は、同社の概要を説明。今年は1890年に「三菱社丸ノ内建築所」として創業してから創業135年で、2001年に三菱地所から分社化して「三菱地所設計」を設立してから設立25年の節目の年を迎えると紹介。2001年当時の従業員は約430人、売上高は業界4位だったのが、現在は従業員数は約870人、売上高は業界2位(トップは日建設計、3位はNTTファシリティーズ、4位は日本設計)で、日本最古の設計会社であり、内製化により業界トップクラスまで成長した〝若さ〟を強調した。
主な作品として、「サンシャイン60」「横浜ランドマークタワー」「TOKYO TORCH」「アント・グループ杭州オフィス」「臺北南山廣場」「臺北台南山人壽」「泉パークタウン」「みなとみらい21地区」「琉球銀行本店」「大手町ビルリノベーション」「長崎スタジアムシティ」「御殿場プレミアム・アウトレットパーク第4期拡張」などを上げ、川上から川下まで幅広い分野で展開してきたと話した。
続いて登壇した同社フェロー リノベーション設計一部継承設計室室長・江島知義氏は、3年前に立ち上げた「継承設計」とは何かについて、14ページにもわたる資料を基に説明。初代技師長・曾禰達蔵から保岡勝也、桜井小太郎らの技師長や内田洋三(のちに帝大総長)、山下寿郎(のちに山下設計設立)、大江宏(のちに法大名誉教授)、杉山雅則(レーモンドより薫陶)、艪恒治(坂倉順三より薫陶)なども同社出身であることを紹介した。また、ジョサイア・コンドルが設計した「三菱一号館」(1894年)「丸ノ内ビルヂング」(1923年)「新東京ビルヂング」(1963年)、通りとつながる建築デザインの発展、歩行者ネットワークの形成、仲通りの拡張などエリアマネジメントの導入などについて語った。
「継承設計」が目指すのは、歴史的建造物を「活かす」法的な位置づけ、各種建築物を保存・修理する技術の追求、保存活用計画の作成と活用、デジタル技術の活用、学識との協働など、創業以来の「リレーデザイン」であると話した。
その後、江島氏が解説者となり約1時間、三菱一号館から丸の内の一連の建築物-丸の内オアゾにある丸の内建築保存部材倉庫までツアーを行った。ツアーでは、江島氏は自らが三菱一号館の復元(現存するものを残すのは復原)に関わったことを明かし、百尺ライン(31m)、100×100mグリッドの街づくり、仲通りの道路拡張(7m⇒21m)などについて語った。丸の内建築保存部材倉庫は2025年に設置したもので一般には非公開。この日は〝本邦初公開〟の部品などが報道陣に披露された。

江島氏
◇ ◆ ◇
数学者の藤原正彦氏は「ものごとを知れば知るほど分からなくなる。私などは小学一年生より一万倍以上分からない。困ったもので、教養などまったくない。恥ずかしい限り。学者だって哲学者だって同じ。くだらないどうでもいいことを言葉で定義づけようとするが、その言葉そのものが分からない。死とは何か、世界とは何か、だれも何一つ定義づけることができない」と語ったが、この日ほど自らの無知ぶりをを思い知らされたことはなかった。
上段は、少しは街づくりについて分かっていると思っていた記者が、全くの素人であることを思い知らされて書いた記事だ。
なので、素人が発する情報が何の役に立つかも分からないが、これから丸の内を歩けば少しは参考になりそうなことを二つ三つ紹介する。
まず、仲通りについて。記者は仲通りが東京のあるいは全国を代表するウォーカブルな通りだと思う。ケヤキや常緑のメタセコイアの巨木が植わっており、ところどころにアートが設置されている。道路幅は当初7mだったことは初めて知った。通りは都道だが、頻繁に様々なイベントに使用されている。個人的には廃道にしても不都合はないと思っているが、どうだろう。〝初めに道ありき〟と語った宮脇檀を思い出した。
次に100尺ラインについて。このラインを街並みに保存しているのは丸の内と日本橋くらいしかないのではないか。とにかく美しい。記者は建築物の高さ規制には反対・意味がないと考えているが、このような歴史的建造物は保存して、その代わり容積率の緩和を図るべきだ。
丸の内建築保存部材倉庫について。これは一般にも公開すべきだ。江島氏らは「復原」の参考にするため保存していると話したが、わが国のビルの歴史・文化を知る貴重な教科書だ。非公開にするのはもったいない。公開すれば全国の街づくりや建築物デザインに行かされるはずだ。

ヘンリー・ムーアの作品が設置されている「三菱一号館」の広場

「三菱一号館」

向こう側が見通せるのは高透過ガラスが採用されているため(何ビルだったか。江島氏の足は馬でいえばキャンター、とても速く、イヤホンで聞きながらメモを取り、写真に収めるのは大変な作業だった。メモを取る記者の方はほとんどいなかった)

モニュメントの石かコンクリかについて説明する江島氏(これも意味はよく分からなかった)

地階に自然光を送るためガラスが使用されている(何ビルだったか)

100尺ラインの規制を受けているビル(右)と緩和されているビル(何ビルだったか)

日本工業倶楽部快感が入居すね三菱UFJ信託銀行本店ビル

旧丸ビルの8階に入居していた三菱地所建築設計部の扉(文字は職人による手書きとか)

窓台

「三菱一号館」の模型

ビル銘板は「ビルヂング」になっていた

胸飾り

お祭りの提灯ではなくメガホン、ロウソク電燈として使われていた

松杭(左)と銀行カウンター

郵便物シューター(詰まることも多く、途中で使われなくなったとか)

説明を受けたが、何だったか

火災報知器

何かの飾りだったはず

ガラス(何に使われていたのか)

アール形状のサッシ枠
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