ハローウィンのこの日(10月31日)、わが国民を熱狂させた大谷翔平が所属する西海岸の王者ロサンゼルス・ドジャース(ナ・リーグ)と、本塁打王アーロン・ジャッジを擁する東海岸の王者ニューヨーク・ヤンキース(ア・リーグ)との48年ぶりの夢のワールドシリーズ第5戦があったのだが、試合がどうなろうと全く興味はなかった。唯一の関心事は、同業のF記者が絶賛した三井デザインテックの銀座オフィスが美しいかどうかを確認することだった。
エントランスに入ってほとんど瞬時に心が踊り、取材を終えた30~40分後には感動で胸がふるえた。案内していただいた同社フェロー/エグゼクティブクリエイティブディレクター・見月伸一氏、広報担当の(記者がアンチ巨人&西武ファンを知ってか知らずか)巨人ファンというNさんと美大出身のOさん(二人でON、逆だとNO)に感謝申し上げる。
本題に入る前に写真①②③を見ていただきたい。①の写真は、JR有楽町駅前の東京交通会館前に植わっている街路樹だ。樹形からしてケヤキではないかと思ったのだが、よく見るとサクラだった。樹齢はわからないが、人間にしたら芳紀まさに十八か(サクラは雌雄同株だが)。千鳥ヶ淵や井の頭公園のような池のほとりではなく、何のストレスもないフラットなところで、強剪定などされていないからこのような美しい自然樹形を描いているのだろう。これこそが「フラクタル」現象だ。
②の写真は、戦後、米国から昭和天皇に献上されてから爆発的に全国に広がったメタセコイアで、板橋区・舟渡公園で撮影したものだ。樹高は30mにもなるはずだ(阿佐ヶ谷駅前の落葉したメタセコイアはビュッフェの絵画を見るようで最高に素晴らしい)。
③の写真は、東京メトロ東銀座駅を降りてすぐの同社本社ビルにも近い、公開空地に植えられているメタセコイアだ(本来、こんな狭い空間に植えるものではない)。虐待というべき強剪定がされていた。至るところからひこばえを茂らせ、必死に生きようとていた。
千葉大学名誉教授・藤井英二郎氏は三鷹市で行われた講演会で「強剪定された街路樹をみて多くの人々は無意識でストレスを感じているんです。感じていながら気づいていない。これは不幸です…強剪定された街路樹は委縮した心と社会の表れです」と喝破した。
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オフィス見学取材が決まったとき、ぜひとも聞こうと思っていたことが一つあった。丹下健三が「(建築物は)機能的なものが美しいのではない。美しいもののみが機能的だ」と専門書で書いていた。この言葉が頭の隅にこびりついており、マンションを見るときも街を歩くときも、美しいか醜いか機能的かそうでないかをずっと考えてきた。
そこで次のような図表をつくった。丹下の言が正しいとすれば、右の図表になる。その逆だと左だし、機能性と美が重なり合うこともありうるとしたのが真ん中だ。
そして、お会いした方すべてに聞いてみた。ちょうど出合わせた同社取締役専務執行役員ライフスタイル事業本部長・玉留勇輝氏はためらいなく左を指さした。Oさんは「理想は真ん中」と答えた。Nさんは「多様性」などと回答を避けた。見月氏は当初明言しなかったが、記者とのやり取りの中で「私も丹下さんに近いかもしれない」と話した。
新オフィスは、狭義の意味でデザイン性にこだわったのではなく、協創を生む機能性も重視したまさにユニバーサルデザインにしたということだ。建築家もデザイナーもそして我々も目指すべきなのは美と機能が重なり合う究極の「フラクタル」ではないか。
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三井デザインテック新本社オフィス「CROSSOVER Lab」は2021年7月、「銀座6丁目-SQUARE」に移転したもので、1~3階の延べ床面積1,512坪(同社のプレス・リリースと記者の記事参照)。最先端のABW研究×クロスオーバーデザインをテーマに、社内外の組織の垣根を超えた「協創」を促し、Well-Beingな空間でイノベーションを誘発する新たな働き方の実現を目指している。
ここでは、見月氏の説明と記者の感じたままの印象を紹介する。まず、エントランス。目に飛び込んできたのは天井まで届く両開きのナグリ仕上げのドアだった。同社は2016年、ロンドンで行われた著名なデザイナーやデザイン会社が結集したハイエンド向けホテル関連資材展示イベントで審査員特別賞を受賞したのだが、その時もこのナグリ仕上げを提案した。初めて挑戦するナグリを見事に仕上げた英国人の職人魂に、見月氏は「匠に国境はない」と感銘を受け、新オフィスのドアにも象徴的に取り入れたという。
エントランス正面の壁がまた美しい。見月氏から説明を受けるまで分からなかったのだが、ビス、蝶番、塩ビパイプなどの建築資材をアートにしたものだった。1階の「CORDs(Crossover Design salon)」には和テイストが多用されていた。アクセント壁にはえもいわれぬ珊瑚珠色か紅柑子、藍染の一種である浅葱色が用いられていた。光の当たり具合で変化するグラデーションの演出も見事だ。
2階の執務フロアはフリーアドレスで、ネイバーフッドエリアがたくさん設けられており、「協創」を促す仕掛けが随所に施されていた。カラーリングは暖色系が多用されており、これもリラックスできる空間に仕上げるよう計算されているに違いないと感じた。
3階フロアは一変して「白」が基調だった。記者は小躍りした。美しいのはやはり白だ。見月氏に「私は女性がもっとも美しいと感じるのは白と黒」と話したら、見月氏も同じ考えのようで、目の前のNさんとOさんに視線を向けた。二人とも白と黒だった。3階にはこのほか、社外の顧客も招くことができるキッチン&バー、屋外テラスSORANIWA(空庭)も設置されている。
もう一つ気が付いたことがある。1階も2階も3階も内装仕上げはほとんどスクエアなのだが、3階の一角だけアール形状にした出入り口があった。これまた空間をシームレスにつなぐ計算がされていると思った。何の違和感も覚えなかった(最近の建築物はアールが流行のようで、三井不動産レジデンシャル「パークコート青山 ザ・タワー」や森ビル「麻布台ヒルズ」などマンションにもたくさん用いられている)。ただ、使い方を誤ると今風に言えばダサくなる。
意外だったのは緑だ。フェイクグリーンは一つもなく、観葉植物はすべて本物だったのは予想した通りだったが、その数はそれほど多くなかった。過剰な緑はマイナスに働くことを考慮したのだろう。
肝心な新オフィスの生産性の向上について。見月氏は「これは数値化が難しいが、号令をかけているわけではありませんが、出社率が高まったのは確か。コロナ禍で在宅・リモートが浸透した一方で、リアルな人のつながりが重要なことから、どこの企業も戻ってくるよう呼び掛けているが、なかなか難しいのが現状」と話した。
これも同感だ。号令・命令でなく、出社したくなるような環境を企業は整えないといけない。三井不動産・植田俊社長も「行きたくなるような街づくりを進める」という趣旨の話をしていたのを思い出した。
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同社は昨年8月、芥川賞作家の小川洋子さんを本社に招き、小川さんの作品「ことり」(朝日新聞出版)の朗読会を行ったと聞いた。会場は前述した「CORDs」で、見月氏があいさつし、Nさんがナビゲーターを務め、小川さんが朗読したのだという。
小川さんが芥川賞を受賞したのは1991年で、作品は「妊娠カレンダー」(文藝春秋)だ。Nさんにも小川さんにも申し訳ないが、記者はその翌年、丸山健二「千日の瑠璃」(1992年、文藝春秋)に出会ってから、他の小説をほとんど読まなくなった。丸山文学に触れると〝中毒〟になる。ほかの小説を読むのはばかばかしくなる。
女性作家で名が浮かぶのは、大好きな宮尾登美子(「櫂」もいいが「岩伍覚え書」が最高にいい)と、記者と同世代の小池真理子(本人が両性具有と言っているように男性の性愛が描ける稀有な作家)だ。よく読んだのは野上弥生子、宮本百合子、佐多稲子、金子みすゞ、林京子、杉本苑子、津村節子、角田光代、高樹のぶ子、高村薫、桐野夏生、笙野頼子(記者の高校の同窓生)あたりまでだ(1982年、59歳のとき自死した江夏美好の「下々の女」、吉永小百合さんが主人公になった中里恒子の「時雨の記」はとてもいい)。小川さん(62)のような若い方(受賞時29歳)の作品は生理的に受け付けなくなっている。例外は最近では西加奈子さんくらいか。男性作家も同じだ。
先の朗読会は定員25名に対し200名の応募があったため、同社は落選した人も視聴できるようYouTubeにアップした。
そのURLを送ってもらったので視聴し、「ことり」を図書館で借りた。400字にして487枚。ストーリ-は、兄を、母を、父を相次いで亡くして独り暮らしになったおじさん(50代半ばか)が「ことり」(メジロ)の世話をするようになり、やがて自らも「ことり」に看取られながら人生の幕を閉じるという、ごくありふれた家庭の日常を描いたものだ。
パラパラとページを繰っていたら、「(おじさんに)即座に老人は言った。『鈴虫は女性の皮脂を好むのでね。特に処女の脂を』」(166ページ)というくだりに出会った-朗読会のURLを視聴して、小川さんは冗談が通じない方だと思ったが、全然そうでないことが分かった。(小生は、モンゴルの馬乳酒を「処女の聖酒」と名付けた。「百年の孤独」の100倍は売れるはず)
この小説の主人公のほかに大きな役割を果たしているメジロだが、今は法律で捕獲も飼育も禁止されているが、記者の小さい頃はそんな法律はなかったので、面白いように獲れた。モチノキの樹皮をすりつぶして捕獲した。飼育も楽で、すぐ人に慣れた(スズメは鳥かごに入れると暴れ、竹ヒゴに体当たりしてほとんど〝自死〟した)。
実は、「千日の瑠璃」も障がい者の少年与一とオオルリの出会いから物語が始まる。小川さんと丸山さんに共通するのは〝人間に対する愛〟だ。小川さんの36作品が35か国で読まれていることなど全然知らなかったが、多分、すべての作品に「愛」が貫かれているからだろうと思う。(丸山文学はその逆に、外国語に訳されたものはほとんどないはずだ。理由はいろいろあるのだろうが、記者は、丸山文学は結構難解ですらすら読めるものではなく、短い文章に込められた意味は深く、それを他国語に翻訳するのはほとんど不可だと思っている)
同社オフィスのライブラリーには、小川さんが選本した「未来に残したい文学作品10選」も展示されている。V.E.フランクル「夜と霧」、武田百合子「富士日記」、川端康成「掌の小説」、清少納言「枕草子」、テネシー・ウィリアムズ「ガラスの動物園」、内田百閒「件」、フィリパ・ピアス「トムは真夜中の庭で」、谷崎潤一郎「春琴抄」、ジョン・スタインベック「怒りの葡萄」、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」だ。
記者は、「夜と霧」もいいが、若い方にはクロード・モルガン「人間のしるし」、トマス・キニーリー「シンドラーズ・リスト」、大岡昇平「レイテ戦記」・「俘虜記」も是非読んでいただきたい。それと丸山健二。
三井デザインテック、本社オフィスのライブラリーで小説家 小川洋子氏が選本した「未来に残したい文学作品 10 選」を展示
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取材後、記者の野球記事やこだわり記事も話題になり、双方で年間数十万件のアクセスがあり、こだわり記事でアクセス数が1万件を超える記事も少なくないと話した。検索が可能な2013年以降の「こだわり記事」で「三井デザインテック」「三井倶楽部」に触れた記事へのアクセス数で1万件超は2件ヒットした。約1万3,000件の「三田ガーデンヒルズ」と約1万件の「パークマンション三田綱町」だ。「コンドルが設計した『綱町三井倶楽部』」「横浜MIDベース タワー」などの記事へのアクセス数も数千件ある。
今回の銀座オフィスの記事は、見月氏から「1万件を超えますかね」と聞かれたが、残念ながらそれは期待できない。「こだわり記事」を読まれる方大半はマンション記事を期待されているのだろう。他は極端に少なくなる。今回は1,000件届くかどうかではないか。
しかし、記者はアクセス数を稼ごうなどとは全然思っていない。〝記事はラブレター〟-この記事を参考にして働きやすいオフィス環境を整える会社が1社でもあればうれしいし、デザイン会社に就職しようと考えている学生さんはぜひ三井デザインテックを加えていただきたい。オフィス内をメディアや一般に公開した住宅・不動産会社を記者は三菱地所、三菱地所ホーム、積水ハウス、旭化成ホームズくらいしか知らない。
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