先日(9月18日)、日本財団の17か所(予定含む)の「THE TOKYO TOILET」プロジェクトのうち恵比寿にある3か所を見学した。建築家・槇文彦氏の「恵比寿東公園」には立ち去りがたいほどの感動を覚えた。片山正通氏の「恵比寿公園トイレ」にもうなってしまった。田村奈穂氏の「東三丁目公衆トイレ」には強烈なメッセージが込められている。みんな素晴らしい。公園トイレの概念を間違いなく変える。(写真、コメントは全て日本財団提供)
利用者は、「えっ、1か所1億円? 全部で17億円?あの笹川さんとこが? とてもありがたい」などと異口同音に感嘆の声を上げた。
プロジェクトは、同財団が約17億円を投じ、渋谷区内の17か所の公園トイレを整備したうえ渋谷区に寄付し、維持管理も日本財団・渋谷区・渋谷区観光協会が行う〝民設民営〟事業で、TOTOの暖房便座付きトイレを採用、施工は大和ハウス工業が担当し、設計・デザインにわが国を代表する建築家を起用していることから話題になっている。、世界から〝同じものを是非〟というオファーもあるという。
記者はこれで完成した7か所すべてを踏破した。(断わっておくが記者はトイレフェチではない。マンションもそうだが、全て物事は一流に触れないと成長しない。全17か所を見るつもりだ)
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さすが世界でもっとも名誉あるプリツカー賞を受賞した槇文彦氏だ。「恵比寿東公園」トイレに記者は絶句した。息が詰まりそうな感動を覚えた。
利用者がとぐろを巻きそうな円形デザインの安藤忠雄氏のトイレも素晴らしかったが、槇氏のトイレはスチールとアクリル板を組み合わせた白が基調の外観で、アールを描いた屋根は、わが国の寺社仏閣建築物によくみられる軒反りの手法を採用したその曲線は飛翔する鶴のようでもあり、樹間を緩やかに抜ける薫風のようにも映る。
外観が美しいだけではない。普通トイレと言えば入り口と出口は同じだが、ここは通り抜けられるになっており、内部空間に風と光を取り込んでいるのが大きな特徴だ。臭気・運気は風に乗って天空を舞い、やがて雲散霧消する仕掛けだ。
まだある。何とトイレの外壁には同じ素材のベンチが設えてある。デパートのトイレ脇の通路にベンチが設けられている例はあるが、ベンチ付きの公衆トイレなどないのではないか。
【槇文彦氏コメント】
このパブリックトイレをきっかけに、公共空間のあり方について再考する機会を与えられたことに感謝いたします。
敷地の恵比寿東公園は、緑豊かな児童遊園として普段から近隣の人々に親しまれている公園です。私たちはこの施設を単なるパブリックトイレとしてだけでなく、休憩所を備えた公園内のパビリオンとして機能する公共空間としたいと考えました。子どもたちから通勤中の人々まで、多様な利用者に配慮し、施設ボリュームの分散配置によって視線を制御しながら、安全で快適な空間の創出を目指しました。ボリュームを統合する軽快な屋根は、通風を促し自然光を呼び込む形態とし、明るく清潔な環境と同時に、公園内の遊具のようなユニークな姿を生み出すことを意図しました。
タコの遊具によって「タコ公園」と呼ばれる恵比寿東公園に、新しく生まれた「イカのトイレ」として親しまれることを望んでいます。
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プロダクトデザイナー・田村奈穂氏の「東三丁目公衆トイレ」は、恵比寿駅から徒歩数分のJR線路沿いにある三角形の敷地に合わせた鮮やかな赤の外観が特徴の三角形トイレだ。
素材は堅牢な分厚いスチール。強烈な赤の色と鋭角的な外観に記者はたじろいだ。これは、田村氏が「LGBTQ+」(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィア・クエスチョニング+)とコメントしているように、多様な生き方をストレートに表現したのだろう。
誰が利用するのだろうとしばらく眺めていたら、タクシーの運転手や配送業の従事者と思われる人が利用していた。女性は少なかった。
駅には近いが、道路幅は狭く(2mもないはず)残地のような敷地に立地するだけに、他の公園トイレと比べると田村氏には気の毒な気もした。
【田村奈穂氏コメント】
年齢や性アイデンティティ、国籍や宗教、肌の色に関係なく、誰にでも訪れる生理現象を満たす場所、トイレ。けれど、個人のニーズというものが無限に多様であることがわかった今、社会が共有する「公衆トイレ」はどう変わっていけばいいのでしょう?
私の住むニューヨークの街ではLGBTQ+の人々が、自分の認識する性に正直に生きています。渋谷の片隅の小さな三角の土地にトイレをデザインするにあたり、彼らが、ありのままの「自分」を生きる姿を、ありのままを受け入れる社会を想像しながら突き詰めて考えてみた結果、トイレを利用するだれもが、快適な気持ちを同じように得られるために大切なのは、プライバシーと安全です。それを念頭に、個人の空間を再定義して3つの空間をデザインしました。
造形のインスピレーションは、国際都市渋谷にやってくるビジターへのもてなしの気持ちをこめて、また、利用する人々を包み込む安全な場所にしたいという願いを込めて、日本の贈り物文化のシンボルである折形から得ました。
社会に属するすべての人たちが、安全に、ハッピーに生活を営める社会に、そんな思いをデザインにこめたトイレです。
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ワンダーウォール代表としてインテリアから建築、クリエイティブディレクション、大型商業施設など世界的に活躍する片山正通氏の「恵比寿公園トイレ」にもうなってしまった。
記者が言うことはない。片山氏のコメントがすべてを物語っている。「建築的なものから距離を置き、遊具やベンチや樹木のように何気なく公園に佇むオブジェクト」-これがすべてだ。
外壁に浮造り加工を施したコンクリート化粧打ち放し仕上げ スギ板型枠工法を採用することで、かなりのボリュームがあるにもかかわらず周囲の緑にしっくり溶け込み佇んでいるその風情は、空の青にも海の青にも染まず漂う白鳥とも、そして田村氏の強烈な「LGBTQ+」の赤とも馴染みそうだ。街行く人もそこに建造物があることすら気づかず、それがトイレであることも全然識別できないはずだ。(よく観察すると芸は細かい。写真で示したピクトサインはアートだ)
片山氏は“曖昧な領域-現代の川屋(厠)”を構築したともコメントしているが、記者は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」を思い出した。川に直接用便する「川屋」(厠)の記述もある。谷崎が生きていたらこのトイレをどう表現するだろうか。
【片山正通氏コメント】
念頭に置いたのは、建築的なものから距離を置き、遊具やベンチや樹木のように何気なく公園に佇むオブジェクトとしての在り方。
日本におけるトイレの起源は川に直接用便する「川屋」(厠の語源)と呼ばれるもので、縄文時代早期に遡る。土で固められたもの、木材を結び付けて作ったものなど極めてプリミティブで質素であった。そんな佇まいをイメージしながらコンクリートでできた壁を15枚いたずらに組み合わせ、トイレでありオブジェクトでもある“曖昧な領域-現代の川屋(厠)”を構築。壁と壁の間を男性用/女性用/だれでもトイレという3つの空間への導入とするなど、人々が不思議な遊具と戯れるような、ユニークな関係性をデザインした。
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槇文彦氏の「恵比寿東公園」トイレについて追加する。
この公園は、東京都に85か所(令和2年現在)しかない、渋谷区では130か所ある公園の中で唯一の「児童遊園」だ。
どういうことか、少し説明しよう。児童遊園は、児童福祉法第四十条で規定されている「児童厚生施設は、児童遊園、児童館等児童に健全な遊びを与えて、その健康を増進し、又は情操をゆたかにすることを目的とする」施設だ。経緯は分からないが、渋谷区は平成19年にこの「恵比寿東公園」を児童遊園に指定した。
他の129の公園は「〇〇遊園」と名がついているものを含め全て都市公園法第一条に定める「都市公園の設置及び管理に関する基準等を定めて、都市公園の健全な発達を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする」施設だ。
ちなみに、わが多摩市には208か所公園があり、「児童公園」の名がつく公園は5か所あるが、児童福祉法による児童遊園は1か所もない。全て都市公園法で規定する「街区公園」だ。
そもそも児童遊園と都市公園の差などほとんどない。児童遊園には遊具の整備に関する規定や「児童厚生員」を配置することが求められていることくらいのはずだ。記者はこの〝垣根〟を取り払うべきだと思う。「(悪しき)前例主義」の典型ではないか。
そうでなくとも、街区公園は利用されないという現状がある。目黒区の実態調査によると、ほとんど利用されない公園比率は2割くらいに達している。他の区市も同じではないか。「立体都市公園制度」もあるのだから公園のあり方を根本的に見直したらどうか。日本財団の渋谷区公園トイレは一石を投じたはずだ。
児童遊園があるのだから、圧倒的多数派のわれら老人向けの公園もあっていいはずだがどこにもない(ゲートボール場として〝占拠〟している例はあるだろうが)。老人福祉法の施設にも「老人公園(遊園)」の文言は一つもない。
〝タコ公園〟と呼ばれる由縁のタコの遊具がある「恵比寿東公園」
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