「おーお明治」大学の誇り 百瀬恵夫名誉教授の「瑞宝中綬章」受章を祝う会に300名
〝白雲なびく駿河台…おーお、明治〟百瀬恵夫・明大名誉教授の受賞を祝う会(京王プラザホテルで)
百瀬氏と幸子夫人
明治大学名誉教授の百瀬恵夫氏(82)が今年の春の叙勲で「瑞宝中綬章」を受章したことを祝う会が7月28日、都内のホテルで行われ関係者約300名が参加した。
「瑞宝章」は公務などに長年にわたり従事し、成績を挙げた人に贈られるもので、百瀬氏は明大教授としての「教育研究功労」のほかに、中小企業の育成と協同組合の理論的支柱として実践に携わり、さらに沖縄泡盛の酒造協同組合の設立などにも深くかかわったことなどに対する「沖縄産業振興功労」の功労に対して綬章した。
百瀬氏は、受章の喜びを「感無量」とし、「私の沖縄への思い入れは、特攻隊員として沖縄戦に参加し、捕虜になりながら生き残った兄の悲しみと、その兄に注いでくださった沖縄の方たちの限りない愛情に対する恩返し」などと語った。
当日は、明大卒で元内閣総理大臣・村山富市氏や明大理事長・柳谷孝氏、同学長・土屋恵一郎氏、同校友会会長・向殿政男氏、明大時代の同級生で元衆議院議員・元厚生労働省副大臣・中野清氏など明大関係者のほか、百瀬氏の幅広い活動を示すように内閣府沖縄振興局長・槌谷裕司氏、明大卒で台湾 環球科技大学の創設者・許文志氏、協同組合ジェプラ理事長・大木勝志氏なども参加。
発起人を代表して明大常勤理事で明大政治経済学部教授・飯田和人氏と明大評議員会議長で明治大学校友会相談役・山口政廣氏が挨拶した。沖縄県知事・翁長雄志氏からのメッセージも届いた。
このほか、百瀬氏が会長として30数年間、継続して毎月1回「例会」を行っている「中小企業研究会」や、沖縄の自然保護、環境保全及び自然と人間との調和が全てに優先することを基本理念に掲げ、勉強会を行っているNPO法人OSI(沖縄環境・観光産業研究会)、さらに明大体育会柔道部明柔会(OB会)名誉顧問、明大マンドリンOB倶楽部最高顧問などを務めていることなどから各界から多くの関係者が参加した。
百瀬氏は、明大マンドリンOB倶楽部の生演奏が行われる中、ほとんどすべての参加者の席を回り、ともに受章の喜びを分かち合った。
参加者には記念品として、百瀬先生と篠原勲氏との共著「明大魂と人間力」、先生が作詞された「もののふ」「沖縄讃歌」のCD、川越菓匠「くらづくり本舗」の菊の紋章入りどら焼き、先生直筆「道」のオリジナルラベルの10年古酒泡盛「海乃邦」が贈られた。
会場で披露された「瑞宝中綬章」額装
◇ ◆ ◇
百瀬氏は来賓各氏からのお祝いの言葉を受けて、次のようなお礼の言葉を述べた。
「感無量でございます。言葉になりません。本当にありがとうございます。もっとも尊敬申し上げている村山先生、怪我にも関わらず駆け付けてくださいまして本当にありがとうございます。皆さんにも心からお礼申し上げます」
「私は長野県松本の生まれであります。9男2女の11人兄弟です。村山先生のご兄弟の数と一緒だと思います。
私が5歳の時父親を、15歳のとき母親を亡くしました。(百瀬家は素封家だったそうだが、家計が一挙に苦しくなり)以来、私は高校も大学もいわゆる苦学生になりました。
その中で守ってきたのは『人様に迷惑をかけるな、他人から後ろ指をさされるようなことはするな、教育が全て』という母親の教えでした。
松本出身のわたしがどうして沖縄に力を入れるのか、たくさん質問がございます。その理由を少しだけお話しさせていただきます。
私の5番目の兄は沖縄戦の終戦の直前(昭和19年)、沖縄に特攻隊員として行きました。『震洋』というベニア板で作られた一人乗りの魚雷艇に魚雷を積んで特攻攻撃をしました。
幸か不幸か、その当時は他にもたくさんあったようですがエンジンの故障で『震洋』は不発となり、兄は米軍の捕虜、いわゆるPW(Prisoner of War)になりました。
兄は、戦時下の沖縄を目の当たりにし、『沖縄の人たちは自分が生きるだけで精いっぱいなのに軍人にも一生懸命尽くしてくれた。このご恩は忘れられない。恵夫も何か沖縄の役に立ったらどうか』といつも聞かされていました。
41年前、沖縄から講演の依頼がございました。私の専門は中小企業と協同組合研究ですが、沖縄(の会社)は99.9%中小企業、零細企業です。この沖縄の中小企業を救うのが私の使命と固く決意し、この30年間、ここ10年間はやや少なくなりましたが、毎月のように沖縄に参りました。
わたしの沖縄への思い入れは、兄の悲しさと、沖縄の方々の限りない愛情に対するご恩返しだと思っているからであります。このことを評価してくださったのが内閣府の槌谷局長です」
続いて百瀬氏は家族についても次のように語った。
「家内は同級生であります。結婚する相手は同級生が一番いい。当たりはずれがないのです(爆笑)。私は的を外しません。私みたいな人間をうまく操縦してくれたのは女房です。皆さんご存知のように、私はやりたい放題をやってきましたが、女房の言うことだけは聞く。女房にとても感謝しています。
私には2人娘がいます。婿が2人、孫が3人。すべて教職についています。家内も教職についておりましたので、家族は二人の背中を見て育っています。
これまでただ一つ、きつくみんなに言ってきたのは時間を守れということです。時間を守れない人間は約束を守らないと。これが私です。
これからの残された人生は「利他」の言葉がありますが、人さまの役に立ちたい、ご鞭撻を賜り頑張ってまいります」
百瀬氏
◇ ◆ ◇
以下、百瀬氏の叙勲を祝う来賓各氏のあいさつ。
乾杯の音頭を取った北野大氏と司会を務めた松永二三男氏(元日テレアナウンサー)
明大政治経済学部教授・飯田和人氏 先生の今回の受章は中小企業とその協同組合の育成、沖縄の産業振興に貢献されたことに対する内閣府の推薦と長年の教育研究に尽力されたことに対する文科省からの推薦という2つの省からの推薦によるものです。
私は8人の発起人の一人で、先生の後輩であります。今回の祝賀会には大学の最高決定機関から中小企業関係団体まで幅広い様々な分野の方々がいらっしゃいますが、大学の柔道部やマンドリンクラブなどスポーツ・文化分野からも大勢の方がいらっしゃっています。先生が様々な分野で指導力を発揮されたことが参加者の顔ぶれからもよくわかります。
飯田氏
明治大学評議員会議長・明治大学校友会相談役・山口政廣氏 先生は余分なことを話されない。単刀直入、ズバリと要所を指摘される。本質、核心をついた言葉をしかも心を込めて話される。
この先生のお人柄と姿勢にわれわれが教えられてきた。
山口氏
元内閣総理大臣・村山富市氏 (車椅子から杖を突いて立ち上がり)こういうぶざまな格好で申し訳ございません。1週間前まではぴんぴんしていましたが、元気を出しすぎて踵を骨折してしまった。
百瀬先生は大変ユニークな方で、私も評議員会などでお会いするのを楽しみにしていた。いつも遠慮なく発言されていた。その言葉に敬意を払っていた。なくてはならない存在。これからも大学、社会のために活躍していただきたい。
村山氏
内閣府沖縄振興局長・槌谷裕司氏 先生の教育研究の功績は山ほどあるようですが、(これまで受章されなかったのは)勤続年数が足りなかったということのようです。いかにもお役所的と言われそうですが、そこで我々内閣府は文科省にお口添えをいただき、それなりに忖度いたしまして、一計を案じて今回の受章につながったわけでございます。
今年は沖縄復帰45周年の節目の年ですが、叙勲が間にあったことと、宮中で今上陛下に叙勲者代表としてお礼の言葉を言上されたことをともに喜びあいたいと思います。沖縄の地場産業の育成や泡盛の普及などに尽力された。先生は沖縄版アベノミクスだと思います。
ここで一句。「恵夫飲む クースで広がる 好景気」
槌谷氏
沖縄県知事・翁長雄志氏(代理 沖縄県東京事務所長・比嘉徳和氏代読) 知事は岩手県の全国知事会議に出席のため、私が熱いメッセージを預かりましたので代読させていただきます。
先生は沖縄県の中小企業の発展、とりわけ生コン業界の経営に対する指導、助言に多大な尽力をされました。
また、県の重要な地場産業である泡盛の普及のため紺碧会の会長を長年務められ、在京県人会ネットワークの構築にも多大な貢献をされております。
今回の綬章はご自身の栄誉であることはもちろんのこと、県民関係者の誇りでもあります。深く敬意を表するとともに心からお祝い申し上げます。
今後とも高い見識と豊かな経験を生かし、後進の育成と県勢の発展にご支援賜りますようお願いいたします。
比嘉氏
明大理事長・柳谷孝氏 叙勲の記念品の一つとして渡されている篠原勲先生と百瀬先生の共著「明大魂と人間力」(第三企画出版)を拝読いたしましたが、キーワードであるオンリーワン、モノノフ、武士道精神は実は先生の人生そのもの。国内外の明大の講演などのゲストとして依頼が多いベスト3を私の独断と偏見で選べば、まず百瀬先生、次に北野大先生、そして土屋学長と言いたいのですが、土屋学長は公務でありますので除外しますと、マンドリンOB倶楽部であります。
先生の古武士然とした姿が大好評でして、そして「筋を通せ」「卑怯を許すな」「悪いことは悪い、正しいことは正しい」「覚悟を持て」というメッセージが共感を呼ぶのであります。
先生にはこれからも明大の建学の精神を未来に引き継いでいただきたい。
柳谷氏
明大学長・土屋恵一郎氏 昨日、800名くらい入る明大リバティホールで坂東玉三郎さんと対談したのですが、坂東さんと百瀬先生は共通するものがある。そこにいるだけで花がある、存在感があるということです。これほど存在感がある人は先生を除いていません。
先生と私は悪縁の関係。私は法学部出身、先生は政経学部。学内では法学部と政経学部はいつも選挙などで反対側にいる。先生の悪口をいうとわっと沸くのです。
ところが先生は私のことを気に入ってくれているようでありまして、悪口を言わない。私の名前は「恵一郎」ですが、先生は「恵夫」。先生は「土屋はいいやつだ。恵という字がついている人間には悪人はいない」とおっしゃる。ご自分のことだろうと思うんですが(笑)。
歳を経るごとに人間の花を咲かせる、これが誠の花です。男ここにあり、それが先生です。皆さんとご一緒に確認しましょう。
土屋氏
明大校友会会長・向殿政男氏 私の名前は「向殿」ですが、先生は〝バカ殿〟と呼ばれる。実に口が悪い。しかし、先生ほど信念を持っていらっしゃる方は明大にいません。言いづらいことを平気で言う。度胸がある。これは信念がないとできないことです。
先生がお書きになった本にも「人間力」が出てきますが、無骨でもいい、迎合しない、正しいことは正しいとはっきり言う、これが明大の精神です。これを先生は体現されている。これからも明治の柱として頑張っていただきたいと思います。
向殿氏
元衆議院議員・元厚生労働省副大臣・中野清氏(明大時代の同級生) 先生は私の生涯の誇りであります。先生には市会、県会、国会議員として38年間、先生のお世話になった。特に中小企業政策、金融政策について大きな教えをいただいた。以前の金融政策論は貸し手側から書いたものばかりでした。例えば銀行。天気のいいときは金を貸すが、雨が降れば傘を取り上げる、そんな金融行政は間違いだと先生はおっしゃった。借り手側から考えないといけないと仕込んでいただいた。改めてお礼を申し上げたい。
余談ですが、私の長男は明治に入れなくて他に入ったのですが、孫がやっと法学部に入れてもらった(爆笑)。
中野氏
台湾 環球科技大学の創設者・許文志氏 百瀬先生と伊藤(正昭)先生は私の恩師です。百瀬先生は1960年代以降の台湾の発展に大きな影響を与えられました。2004年以降、324名の学生がマスターコースで百瀬先生と伊藤先生の講義を受け、683名の東南アジアの国際学生が講義を受けました。
もう一つ、2005年から今日まで台湾の5カ所で明大マンドリンOB倶楽部の演奏会が行われました。これは台湾の音楽史に残る珍しいものです。
先生は日本と台湾をつなぐ経済・教育・文化の民間大使です。
許氏
協同組合ジェプラ理事長・大木勝志氏 先生に1987年(昭和62年)、包装資材ディーラーの協同組合ジェプラ設立時に顧問として参画していただいてから30有余年。売上高は当時300億円から現在700億円の企業体になり、数年前の株式会社設立へと至っています。これが先生の指導の証です。
人間力を基盤に相互扶助の精神をど真ん中に据え、会員の人格を尊重し、組合の経済的、社会的地位の向上を目指してきました。われわれは中小企業と協同組織のシンボルだと自負しております。
先生を長年観察しております私の「人間・百瀬恵夫」像を一言で言わせていただければ、学者の域を超越しているということです。
「バカヤロウ」の毒舌の裏にはものごとへの確信と人への愛、思いやり、心配りがあります。文武両道、行動力と実行力、徹底した現場主義は高邁な理論の裏付けがあります。さらに付け加えるなら、一線は超えないが女性が泡盛と同じくらい大好き-こんな人は先生以外いません。「人間力」そのものです。
大木氏
第三企画社長・RBAインターナショナル会長・久米信廣氏(中締め挨拶) 先生は多くの俊秀を育てていらっしゃいましたが、私は俊秀でも何でもありません。しかしながら、私は先生の弟子の一人として、先生を思う気持ちにおいては人後に落ちないと自負しております。
先日、先生から(文化勲章受賞者)平櫛田中の書の扁額を頂戴しました。『今やらねば いつできる、わしがやらねば だれがやる』という言葉が書かれています。先生からの叱咤激励の声そのものであり、ありがたく頂戴いたしました。そのとき、先生から『平櫛田中の旧姓は〝たなか〟。平櫛家に養子に入ったとき、旧姓を取り入れて田中と名乗った』というお話しもお聞きしました。そこで、『私は先生の養子ではありませんが、百瀬久米(きゅうべい)と名乗らせてください」とお願いしました。田中をでんちゅうとしたように、久米をきゅうべいと読み直したのですが、先生はこころよくご了承くださいました。本当にありがとうございます。
私は先生の最後の弟子を自認しております。最後というのは『今現在も弟子であり続けて教えを受けている』という意味であります。
久米氏
明大 柔道部 メダリストも勢ぞろい
〝文武両道 全うできたのは先生のおかげ〟吉田氏
左から園田氏、百瀬氏、小川氏
左から小川氏、吉田氏、海老沼氏
百瀬氏受賞に花添える明大マンドリンOB倶楽部
古賀メロディーなど1時間近く熱演
女性にも人気〝でも一戦も交えておりません〟
〝はい、バター〟〝はい、チーズ〟〝はい、キムチー〟
「感謝の言葉以外ございません」幸子夫人
百瀬氏ご家族の皆さん
◇ ◆ ◇
百瀬氏はお礼のあいさつで〝兄の悲しみ〟〝沖縄の人への恩返し〟を語った。兄の悲しみとは戦争に対する憎しみであり、怒りだ。沖縄への恩返しとは、沖縄戦で14万人もの民間犠牲者を出し、その後も様々な犠牲・格差を強いられてきた不公平に対する憤りであり、社会的弱者に対する愛だ。
以下、2005年(平成17年)2月7日発行の「RBAタイムズ」百瀬恵夫特集号の1部を紹介する。
百瀬教授を沖縄に駆り立てる愛と憎しみ
「生きて虜囚の辱めを受けた」兄への複雑な想い
百瀬氏を沖縄に駆り立てるのは「生きて虜囚の辱めを受けた」実兄(87)への複雑な想いだ。一言でいえば、戦争に対する憎しみと肉親への愛だ。
お兄さんは、日本軍の敗色が濃厚だった昭和19年、命と引き換えに米軍艦に突撃する魚雷艇・震洋の搭乗員として死地の旅についた。
ところが、当時の日本軍の魚雷艇はベニア板製で、エンジンの性能も低く、事故や誤爆で本来の目的を達成できたものは少なかった。成功率は1割で、死亡率は9割と言われている。お兄さんの魚雷艇も体当たりできずに負傷、米軍の捕虜となり終戦を迎えた。
命からがら帰ってきた故郷・長野県松本市でお兄さんを待ち受けていたのは、住民の冷たい視線だった。長野県でただ一人生きて帰ってきた特攻兵を見ようと、至るところから〝見物人〟が訪れた。
当時10歳の百瀬氏も「軍国教育を受けていた私も、兄は返ってこなかったほうがいいと思った」そうだ。
「生きて虜囚の辱めを受けた」お兄さんは、「生きて帰ってきて恥ずかしい。死んだほうがよかった」と自殺を図る。が、死ねなかった。
その後、お兄さんは警察予備隊(のちの自衛隊)に入り、現在も健在だ。
百瀬氏は「沖縄に来るよう何度も兄を誘ったが、本人は首を縦に振らなかった。兄を見ていると、悲惨な戦争はあってはならないとつくづく思う」と語る。
(後略)
金融排除問題がわが国でも浮上する可能性(2013/9/25)
「〝福島原発〟ある技術者の証言」著者・名嘉幸照氏がリスク管理を語る(2014/12/18)
武士道精神で日本再生を図ろう 「武士道と体育会系」出版を祝う会(2012/11/9)
昭和女子大生、家を建てる 3日間で3畳大の平屋建て建築 2×4協会が協力
最後の屋根の組み立てを行う昭和女子大の学生
昭和女子大学の学生が8月2日~4日、地震に強く合理的なツーバイフォー工法による実際の建築作業に挑戦した。生活科学部環境デザイン学科中山榮子教授の「枠組壁工法を用いて自分たちの手で建物を建ててみよう」プロジェクトのキャンパス内の実習で、建築を学ぶ2、3年生14人が参加。床の製作(2日)から壁の製作・立ち上げ(3日)、屋根の製作(4日)まで、フレーマーの指導を受けながら3畳大の平屋建てを完成させた。
女子大学でこのような実習を行うのは初めてで、日本ツーバイフォー建築協会(2×4協会)が建材やフレーマーの手配に協力した。
同大学では、建設業界を目指す女子学生にとって、工法や技法を学びながら、建築現場を体験する貴重な機会となると企画した。中山教授は「一人も怪我なく無事終了した。楽しそうに作業してくれたのがうれしい。楽しくなければ前に進めない。みんな建築士を目指してほしい」と語った。
同協会は、ツーバイフォー工法に関心を持ち、工法に関する理解を深めてもらうことを目的にこの種の取り組みを行っている。
完成した建物
◇ ◆ ◇
最終日の4日、取材した。作業開始は午前9時30分。朝が弱いのか、連日の作業で疲れ切っているのか、はたまた建築現場ではありえない各人各様の姿であるせいか、元気がないように映った。
大丈夫かと不安になったが、作業に入ると不安は一掃された。彼女たちは生気がみなぎっていた。フレーマーの指示に従って数人が同時に釘を打つ「カン、カン、カン」の音が周囲を圧した。指導したフレーマーは「初めてにしてはみんなよくできた。100点満点で60点」と合格点を出した。
午後4時に作業は終了。完成した建物を背景にした記念撮影では笑顔がはじけた。
作業をやり遂げた学生は「手の皮がむけた」「手に豆ができた」「場所によって釘の長さや間隔がきちっと決められているのを改めて知った」「わが家と違い、柱がないので強度が保たれることがよく分かった」などと話した。
そのそばを、カラン、コロンと爽やかな下駄の音をさせながら渋谷のイベントに参加するカラフルな浴衣姿の学生が手を振りながらたくさん通り過ぎて行った。
作業前の準備体操(左)と組み立て方法を教えるフレーマー
釘打ち作業
キャンパス内の「昭和の泉」
「女性のほうがコミュニケーション能力高い」 「じゅうたく小町」参加者の声(2017/5/31)
“女性だからこそ”安心・安全の居住環境づくりを 女性建築士が全国大会(2015/3/2)
大和ハウス工業 企業向け物流セミナーに300名が参加
「Intelligent Logisticsの実現に向けた大和ハウス工業の取り組み」セミナー(同社東京本店大ホールで)
浦川氏
大和ハウス工業は8月3日、物流業務の効率化および有効活用、今後の物流戦略について課題をお持ちの企業向けに「Intelligent Logisticsの実現に向けた大和ハウス工業の取り組み」と題するセミナーを開催。約300名が参加した。
同社取締役常務執行役員 建築事業担当・浦川竜哉氏がIoTを活用したマルチテナント型物流センターDプロジェクト流山を紹介したほか、フレームワークス代表取締役社長・秋葉淳一氏、GROUND代表取締役社長・宮田啓友氏、Hacobu代表取締役・佐々木太郎氏、アッカ・インターナショナル 代表取締役社長・加藤大和氏がそれぞれ物流センターの高度化、物流ロボット活用、物流ソリューションの未来像などについて語った。
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先日、三井不動産が行ったロジスティクス事業に関する記者発表会に大勢のメディア関係者が詰めかけた。今回は企業向けセミナーではあったが、用意された約300席はほぼ満席。関心の高さに驚いた。
浦川氏が紹介したDプロジェクト流山は、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ全体で約20万坪、総延床面積は約30万坪にのぼる規模。そのうち4階建て延床面積約45,000坪のⅠは来年2月に竣工する。物流タウンの実現を目指す。
三井不動産 ロジスティクス事業拡大28棟、延床240万㎡、投資額4,000億円に(2017/7/20)
世相の反映か 「4人家族が幸せに暮らす住宅の広さは89㎡」 アットホーム調査
「4人家族が幸せに暮らす住宅の広さは89㎡」-こんなアンケート調査結果を不動産情報サービスのアットホームが7月31日、まとめ発表した。
首都圏で暮らす夫婦二人と子ども二人の4人家族628 名を対象に行ったもので、「4人家族が幸せに暮らす」には、少なくとも89㎡必要との回答があった。もっとも多かったのは「80~100㎡未満」で28.9%、以下、「100~120㎡未満」22.1%、「60~80㎡未満」21.6%だった。「120㎡以上」も全体で13.7%を占めた。間取りは4LDKが40.8%ともっとも多く、3LDKLが次いで33.6%だった。
リビングの広さについては、10畳大~15畳大と答えた人が47.8%。「駅徒歩の限界」平均は18.4分、「通勤時間の限界」平均は57.1分、「年収」平均は882.5万円、「子供との会話時間」平均は68.7分、「夫婦の会話時間」平均は53.8分だった。
「父親がやるべき家事」1位は「ゴミ出し」、「母親がやるべき家事」1位は「料理」、「子供がやるべき家事」1位は「食器を流しに運ぶ」だった。
「必要最小限の設備・仕様」では、トップが「独立したバス・トイレ」の89.3%、以下「エアコン」87.4%、「インターネット回線」79.5%、「追い炊き機能付きバス」70.1%、「2口以上のコンロ」69.3%、「駐車場」68.9%、「モニター付きインタホン」61.3%など。「食洗機」は32.6%、「床暖房」は31.2%、「オートロック」は29.3%だった。
「どんな住まいでも愛さえあれば幸せに暮らせる」と回答したのは33.0%で、現在の住まいが4人家族にとって最低限必要な条件を「満たしている」という人は約8割にのぼった。
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いつも面白いアンケートを行う同社だが、今回は「幸せに暮らせる」というテーマは非常にいいが、そもそも「幸せ」とは何かを問うものでないので、回答は極めて常識的なラインに落ち着いたような気がする。個人的には100㎡が4人家族の理想の住宅の広さだとずっと考えてきた。
「愛があれば」が33%にとどまり、現在の住まいが必要最小限の条件を満たしている人が8割に達したのには驚いた。8割の人は本当に「幸せか」、愛はあるのかないのかも聞いてほしかった。
全体的には、ものすごく保守的で自己肯定的、現状是認型の人が多い世相を反映していると思う。
出勤の行き帰り、いつも「お前、幸せかい」と声を掛けあっていた野良猫の姿が見えなくなって久しい。
東京オリンピック・パラリンピック選手村 「施設・設備の仕様は非公開」なぜ
東京オリンピック・パラリンピックの選手村の施設がどのようなものになるかについて東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に問い合わせていた件で、次のような回答がメールで届いた。
「選手村の宿泊施設は、東京都が施行する市街地再開発事業において民間事業者が整備する住宅棟を一時借用して活用します。
大会時の選手村用の施設・設備の仕様等の詳細については、セキュリティの観点などからお伝えすることはできません」
回答には「セキュリティの観点など」と〝など〟がついているのが曲者だ。施設の基本性能、プラン、設備仕様が事前に漏れたところでセキュリティ上の問題が発生するとは思えないが、その他のことを〝など〟とくくればすべて情報は非開示することができるということか。
ワールドワイドな施設になるのではないかと考えているので、情報が開示されないのは非常に残念だ。
個人的には、出場選手が自由に壁・クロスなどへサインや落書きができるようにして、それを〝レガシー〟としてそのまま分譲時、あるいは賃貸時に残せば申し込みが殺到する住戸が出てくるのではと思っている。オークションにすれば途方もない値段が付くものも出てくるはずだ。
大会終了後の改修費として大会組織委員会は500億円を見込んでいるとの報道もされた。一戸当たり約880万円になる勘定だ。これも法外。
◇ ◆ ◇
記者は、選手村の施設(主に住宅部分)についておおよそ次のような質問をしていた。
1)基本性能はどうなるのか
工法、階高、天井高、サッシ高、廊下幅、採光・遮音性、環境配慮、ユニバーサルデザインなど
2)プランはどうなるのか
間取りなど。玄関、トイレ、浴室はどのようなものか、和室はあるのか、ベランダはどのようなものか
3)設備仕様はどうなるのか
選手村用とその後、スケルトンにして分譲、あるいは賃貸用の設備仕様は異なると思いますが、そのまま転用できるものはないのか。選手村としてはトイレ、浴室などはどのようなものを採用されるのか
東京2020オリ・パラ選手村 敷地売却価格は地価公示の10分の1以下の〝怪〟(2016/8/4)
戸建て含めた「住宅団地の再生の在り方検討会(第2期)」 第1回検討会 国交省
国土交通省は8月1日、戸建て住宅団地を含む老朽化した住宅団地の建て替えや再生を幅広く論議する「住宅団地の再生のあり方に関する検討会(第2期)」(座長:浅見泰司・東京大学大学院教授)を設け、第1回検討会を行った。
平成26年度から28年度にわたって行われた「住宅団地の再生のあり方に関する検討会(第1期)」の取りまとめは、土地共有者の組合員算定方法の合理化を盛り込んだ都市再生開発法の改正(平成28年6月)や、建築基準法第86条の一団地認定の職権による取り消しの手続き規定を追加する同法施行規則の改正(同年10月)につながった。
今回は、制度見直しを活用した新たな再生手法を整理しガイドラインを定めるほか、敷地売却の仕組みを活用した団地型マンションの再生のあり方、戸建て団地の再生・活性化などを論議する。平成30年度までに中間報告をまとめる予定。
会の冒頭、同省住宅局長・伊藤明子氏は「第1期取りまとめが円滑に動くように、さらに戸建て住宅団地の再生にもつなげる、幅広く深い論議を行っていただきたい」などと話した。
◇ ◆ ◇
確か大月敏雄委員(東京大学大学院教授)だったと思うが、「戸建て団地とは何ぞや」という質問が飛んだ。これに対して同省市街地建築課市街地住宅整備室企画専門官・佐々木雅也氏は「団地の定義から考えていただきたい」と答えた。
記者もこの問題に以前から悩んでいる。昔は平気で「マンション団地」「戸建て団地」と呼んでいた。しかし、最近は「団地」なるフレーズをほとんど使わない。あるハウスメーカーから「牧田さん、戸建て団地はやめてくれないか。なんだか古臭いイメージだから」と言われたこともある。
読者の皆さんは「団地」という単語にどのようなイメージを描かれるか。おそらく十人十色だろう。
広辞苑(第六版)を当たってみた。「団地」とは「住宅・工場などが計画的に集団をなして建っている土地」とある。また「団地サイズ」では、「公団住宅など狭い室内に合わせた、一般よりも狭い畳・家具など」とある。
「団地サイズ」の住宅が供給されたのは昭和30年代以降だから、発刊当初の広辞苑には載っていなかったのではと考え岩波書店に問い合わせた。同書店によると「団地サイズ」が掲載されたのは1991年11月の第四版からだという。つまりバブルがはじけた後だ。確かにこの頃には「団地サイズ」は〝狭い〟という認識が浸透していた。昭和30年代に建設された公団住宅の建て替えが決定されたのは昭和61年だ。
公団住宅が庶民のあこがれの的であった時代の「団地妻」は「新妻」と同義語として理解されていたはずだ。1961年には「大和団地」(現大和ハウス工業)が設立されている。その大和団地は「ネオポリス」というブランドで戸建てやマンションを分譲した。同社は2001年に大和ハウス工業に吸収された。
これらからすると、「団地」が新しいイメージでとらえられていたのはせいぜい30年間くらいだ。民間が「経年優化」「経年美化」の街づくりをしているのと対照的だ。世の「妻」だって30年で〝古い〟と評価されたら起こるだろう。
昭和25年に制定された建築基準法はどうか。同法には「団地」の定義はないが、「一団地」という単語が12カ所ある。また、1919年に公布された「市街地建築物法」にも「一団地」の文言があるように、大正時代には「一団地」という言葉はあった。しかし、これは「一団の土地」と解するのが妥当のようで、「団地」なる言葉はいつ生まれたのか判然としない。興味のある方は調べていただきたい。
さて、最初に戻る。少なくとも「団地」の言葉は一般名詞として存在はするが、どのようなものかをはっきり示す「定義」はないということになる。国会でも論議された「集団」とは何ぞやという問題にも突き当たる。
もうこれ以上深入りしない。同省や検討会の委員の方々が鳩首凝議しても結論は出ないのではないか。
◇ ◆ ◇
櫻井敬子委員(学習院大学教授)がまたまた辛辣な問題提起をされた。〝またまた〟と書くのは、以前、櫻井氏は「建築基準法は窮屈」と同省の会合で発言されたのを記事にしているからだ。今回もまた「建築基準法はきつい規制が多すぎる。実態とあっていない」「全員合意のドグマを何とかしないといけない」「区分所有法はロートル化している」「(管理組合について)民主主義が機能していない」などと発言された。
同感だ。いっそ櫻井氏を座長に建築基準法や区分所有法を根本から考え直す会を設けてはどうか。建基法や区分所有法が時代遅れであることはみんなわかっていることではないか。わが国の都市計画は、土地所有権の絶対的排他的権利が強い割に細かな規制が多すぎる。理念と実態が釣り合っていないと思う。
長谷工グループ 王子5丁目の複合開発内の賃貸と有料老人ホーム 来春開業
賃貸・有料老人ホーム複合施設 完成予想図
長谷工グループは7月28日、「住」「商」「育」の複合開発「北区王子5丁目プロジェクト」のエリア内で開発を進めている賃貸マンションと介護付有料老人ホームの複合施設を2018年春に開設すると発表した。
同施設は、JR京浜東北線東十条駅から徒歩6分に位置する敷地面積約5,900㎡。賃貸マンション「ブランシエスタ王子」(120戸)と介護付有料老人ホーム「センチュリーシティ王子」(90室)からなる複合施設。敷地内にはテラスガーデンやコミュニティガーデン、パーティルームなどの多彩な共用部を配し、子ども・大人・高齢者など多世代の居住者が交流できる場を備えている。
「北区王子5丁目プロジェクト」は、日本製紙王子倉庫跡地を中心とする開発面積約43,000㎡。同施設のほか分譲マンション「ザ・ガーデンズ東京王子」(864戸)・商業施設・保育施設からなる複合開発。マンションは圧倒的な人気を呼んでいる。
「ザ・ガーデンズ東京王子」(864戸)は坪260万円台(2016/7/8)
〝豊かな暮らし〟とは何か ジャーブネットが第18回全国大会&シンポジウム
「第18回ジャーブネット全国大会&シンポジウム」(ホテルイースト21東京で)
全国の工務店・ビルダーが加盟する日本最大級の工務店ネットワーク「ジャーブネット」(主宰:宮沢俊哉・アキュラホーム社長)は7月24日、「第18回ジャーブネット全国大会&シンポジウム」を開催した。約800名が参加した。
宮沢主宰は2016年度の総括として、会員数は249社、受注棟数は6,006棟(アキュラホーム含む)、1社平均棟数は21.9棟(アキュラホーム除く)、累計棟数は129,429棟だったことを報告。
2017年度は「日本一の豊かな暮らしをデザインする、オンリーワンの集団へ」を基本方針に掲げ、学会、行政、住まい手、匠などと垣根を超えた連携を強化し、「スマートアライアンスビルダー ~賢いホームビルダー連携~」を目指すと発表した。
シンポジウムでは、芦原太郎建築事務所所長・芦原太郎氏の基調講演と、伊藤圭子氏(アキュラホーム住生活研究所所長)が司会進行役を務めたパネルディスカッションが行われた。パネラーは芦原氏のほか古川亮太郎氏(フルカワデザインオフィス代表)、 堀木エリ子氏(堀木エリ子&アソシエイツ代表)、井草健二氏(アキュラホーム常務)。各氏が「豊かな暮らしとは何か」を語りあった。
宮沢氏
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全国大会はこれまで数回取材している。当初は会員数や受注棟数を追う大会だったが、ここ数年は「永代家守り・暮らし守り・まち守り」という高い理念を掲げ、デザインに力を注ぐなどより質の高いレベルを目指す大会へ進化している。
その取り組みを象徴するのがパネルディスカッションだった。テーマは「人をつなぐ、豊かな住まいと暮らしを創る」-この難しい本質的な問題に各コメンテーターが挑戦した。
パネルディスカッション
ここでは詳細について触れられないが、各氏が語った印象的なフレーズを順不同で紹介する。
伊藤氏 かつて住まい手は美しいものを評価する芸術家だった。住む人の想像力を大事にすることが肝心
古川氏 豊かな住まい、暮らしは人さまざま無限にあるが、自然に近い暮らしは普遍的な要素になる。草木をどう取り込むかに取り組んでいる(吉川氏はアキュラホームの若葉台プロジェクトに参画している)
堀木氏 人間も自然の一部。紙は神に通じる。〝美しい〟と感じる背景には日本人の精神性、美学、技がある(会場には堀木氏の大きな亀甲をデザインした光壁が展示されていた)
芦原氏 自然とともにある、人とともにあるとホッとする。イタリアの村はこれが機能している(芦原氏は基調講演で父・芦原義信氏が戦後渋谷区に15坪の家を建て、その後、自宅に露天風呂を掘ったことなどを話した。アキュラホームは芦原氏が設計したモデルハウスを馬込に建設する)
井草氏 若葉台のプロジェクトではハード、ソフト両面でコミュニティを育てる仕掛けを施す(若葉台プロジェクトは、京王線若葉台駅から徒歩17分の全50棟の戸建て分譲。内と外をつなぐ「U」スペースが特徴になる模様)
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記者は三重県出身なので、各賞にどこが受賞するか楽しみにしているが、今年も森大建地産が顧客満足度優秀賞を受賞した。同賞は、受注棟数20棟以上で、OB紹介率50%以上が選考基準。同社は毎年のようにクリアしている。森秀樹社長は「今後も地域守りに貢献していく」と語った。
受注12棟以上で営業人員に対する受注棟数の割合が高い企業を顕彰する全国営業優秀賞(営業人員4名以下の部門)で最優秀賞を受賞した東京都の小林建設・小林伸一社長は「今年度はすでに前年度受注39棟の半分を受注しているが、当社は40棟以上を受注しないことにしている。これを超えるとお客様をフォローできない」と話した。
森氏(左)と小林氏
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宮沢主宰は全国大会で、「私はあと7年で主宰も当社の社長も退く。後任に任せる」と話した。
びっくりしたので同社広報に確認したところ、宮沢氏は社内外でそう話しており、周知の事実だそうだ。
宮沢氏は現在58歳。65歳で社長交代を考えているようだが、その考えを支持したい。軸足を業界全体に移し、「豊かな暮らしをデザインする」社会的なテーマに取り組んでいただきたい。
会場のイベント・展示など
「独身でマンションを購入すると結婚できない」噂は迷信 シースタイル調査
大和ハウス工業の賃貸について記事を書いたあと、「独身でマンションを買うと結婚できない」は本当? 」と大書きされたタイトルのニュース・リリースが飛び込んできた。
不動産関連の比較査定サイト「スマイスター(https://www.sumaistar.com)」を運営するシースタイルによるもので、20代以上の全国1,280人を対象に「“独身で住宅を購入すると結婚できない”という噂」について調査を行ったとある。
そんな噂があることすら記者は全く知らなかったので、驚いてリリースを読んだ。
結論から言えば「この噂は迷信であることがわかりました」とある。噂については「そう思う」5.9%、「ややそう思う」12.6%、「ややそう思わない」10.8%、「そう思わない」70.8%となった。
当然の結果だ。男性も女性も、住宅を購入する動機は、同社の調査結果でも1 位は「老後を考えて」32.9%となっており、2位は「自分の城を持ちたかった」24.5%、以下「通勤や移動に便利な所に住みたかった」15.1%、「金利が安く買い時と思った」14.2%、「一人暮らしを満喫したかった」10.4%、「結婚を意識した恋人がいた」9.4%、「投資目的」8.5%などだ。
同社の調査で面白いというか滅入りそうな気持になったのは、独身時に住宅を購入したと回答した人の購入時の年齢が「25歳未満」21.7%、「25~30歳未満」19.8%と41.5%が30歳未満で購入していることだ。親がかりであるかどうかは不明。
若年層が将来に不安を抱いているということは厚労省などの調査でも明らかになっているが、将来に夢が持てない社会を何とかしないといけない。
ついでだが、面白いのは独身者の住宅購入動機として「結婚をあきらめた」男性は2.8%いるのに、女性はゼロだったことだ。これも当たり前。独身女性がマンションを購入するケースが目立ってきたころ取材したことがあるが、女性は結婚をあきらめて住宅を購入する人などほとんどいないことを知った。女性はしたたかに生きている。
「わが国の賃貸業はガラパゴス」 大和ハウス・堀専務 賃貸が伸びる理由を聞いた
「ロイジェントパークス四ツ谷」
大和ハウス工業が「第6回 業界動向勉強会」を開催し、賃貸住宅事業について同社取締役専務執行役員・堀福次郎氏が講話したことを紹介し、その関連として新浦安のホテルついて書いた。今回は、その本題について書く。
堀氏
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わが国の住宅着工はここ数年、政府の景気刺激策、震災後の住宅再建、消費増税前の駆け込み、相続対策などの要因により意外と健闘しているが、人口・世帯減少が加速度的に進むことを考えれば賃貸市場が縮小するのは誰が考えても同じだ。堀専務も同じだ。
「当社の2017年度の賃貸事業売上高はセグメント別で初めて1兆円を超える見通しで、売上高の85%は2階建て、3階建てだ。しかし、将来的には現商品のほかの改良商品、新商品、関連市場、新市場分野を伸ばし、現商品とその他の商品比率を50:50にしなければならない」とマトリックスを示しながら説明した。
その通りだと思う。堀専務が伸ばしたい分野として例示したのは家具家電付き賃貸、外国人向けサービスアパートメント、シェアハウス、新築民泊、外国人留学生向け宿舎、サ高住、アパートメントホテルなど30近い事業を挙げた。
堀氏が「ガラパゴス」と語ったように、従来型のレベルの低い利回り優先の賃貸事業は完全に曲がり角に来ている。(レベルが低いからこそ分譲が伸びる)
同社が現商品の改良型として挙げたのが「S&SW仕様」の賃貸だ。女性向けにホームセキュリティシステムを標準装備とし、ワイドな洗面化粧台、1616サイズのバス、10%以上の収納率確保、女性に好まれるデザインなどを採用して飛躍的に伸ばしたのだそうだ。(わが家のかみさんが「ダイワハウスの賃貸はいいわよ」と絶賛していたが、記者は見たことがない)
もう一つ、紹介したのが家具家電付き賃貸住宅だ。報道陣に公開した「ロイジェントパークス四ツ谷」だ。四谷三丁目駅から徒歩4分の14階建て全91戸。専用面積は約25~40㎡。賃料は15~20万円。家具、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、照明、炊飯器、ポットなどがついており、オプションで寝具や食器類も借りられる。キャスター付きトランク一つで引っ越しができるものだ。男性を中心に契約・申し込みが10件あり、1棟売りとしての話もあるようだ。
立地条件からして分譲マンションにしたら坪単価は最低450万円だろう。グロスで3,400万円以上だ。投資用ならともかく、25㎡で3,400万円の分譲マンションが早期に売れるかどうかは疑問だ。リスクが大きすぎる。賃貸にしたのは正解だろうと思った。一等売りにすれば一定の利回りも確保できるはずだ。
勉強会では、堀氏は全827戸の「パシフィックロイヤルコートみなとみらい」の100戸分を外国人居住向けに七面鳥が焼けるオーブンを採用したりしてプランを設定したのが大正解であったことも話した。
企画段階で「私は面の皮が厚いので聞き流したが、827戸の賃貸などありえないなどと侃侃諤諤、喧喧囂囂の論議があった。企画はヒットしたが、こんなに外国人居住が増えるとは夢にも思わなかった」と語った。現在、827世帯のうち350世帯が外国人居住だという。
「ロイジェントパークス四ツ谷」の室内(左にテレビ、天井には室内干しポールもあった)
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堀専務の話は面白いと前回書いた。ものを見る目が人とは違うからだと思う。漫然と日々生起する出来事を眺めていては問題点など浮かばない。不動産業に限らずあらゆるビジネスはソリューションだ。「わが国の賃貸業はガラパゴス」という視点が新しい発想を生み出すのだろう。
裏を返せば、圧倒的多数派を形成する賃貸の守旧派の存在が同社の賃貸を伸ばしている要因だ。堀氏は一方で守旧派を応援しているのではないか。記者もそうだ。時代遅れの賃貸が続く限り分譲市場は縮小はするけれども事業として継続できると考えている。
大和ハウス ファミリー向け「ラ・ジェント・ホテル 東京ベイ」ヒット 稼働率80%超(2017/7/25)