全17か所の日本財団の「THE TOKYO TOILET」プロジェクトのうち「幡ケ谷公衆トイレ」と「笹塚緑道公衆トイレ」を3月28日見学した。今回もまた建築家・デザイナーの意図を探ろうと矯めつ眇めつしたのだが、結局はよく分からなかった。
プロジェクトは、暗い、汚い、臭い、怖いなどのイメージが強い公共トイレを、誰もが快適に利用できるものにしようというと同財団が企画、世界で活躍する建築家・デザイナー16氏がデザインを担当、渋谷区内の17か所に約17億円の費用を掛けて公共トイレを整備、整備後は財団が一定期間運営に関わり、その後区に寄付するもの。2020年から開始され、2023年3月で全てが完成した。トイレの設計施工は大和ハウス工業、設置機器・レイアウトはTOTOが担当している。
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まず、マイルス・ペニントン(Miles Pennington)&東京大学DLX デザインラボの「幡ケ谷公衆トイレ」。場所は京王線笹塚駅から徒歩13分、中野通りと水道道路が交差している四叉路の角地。
現地を見学して考え込んでしまった。四角い建屋はトイレには全く見えない。ピクトサインがなければガレージそのものだ。同財団の資料で、その企画意図を理解することができた。次のようにある。
コンセプト...With Toilet 公共トイレが地域コミュニティの中心であろうとしたことが今まであったでしょうか。しばしば公共トイレは使われなくなり、地域にとっての価値を失い、次第に忘れさられてしまいます。そうさせないために私たちは「...With Toilet」をつくりました。公共トイレに別の機能をもつ空間を組み合わせた建築で、その第二の空間は、年齢や性別にかかわらず全ての人達がさまざまな用途に活用できます。展示スペース、ポップアップストア、情報センター、待合所など、地域コミュニティの中心として役立てられることを期待しています。
コメント 私たちDLXデザインラボの理念は「協同」「共有」「探索」です。ですから、この素晴らしいプロジェクトに参加する機会をいただいたとき、学生たちがデザイナーや建築家や専門家と協同して、地域のコンテクストに基づいたアイデアを探索し、公衆トイレのあり方を考え直す、この上ないチャンスだと思ったのです。ここはコミュニティスペースです。トイレはたまたまそれに付属しているにすぎません。地域ギャラリーとして、集会所として、あるいは他の用途として、笹塚・幡ヶ谷の人たちに使い倒していただきたいです。
なるほど。コンセプト、コメントは素晴らしい。今回の17のトイレの中でもっとも意欲的な作品かもしれない。問題は担い手、誰が魂を吹き込むかだ。区には期待しないほうがいい。
次に、設計事務所ゴンドラ所長・日本トイレ協会会長でもある小林純子氏が担当した「笹塚緑道公衆トイレ」について。
場所は京王線笹塚駅から徒歩1~2分の高架下。これまたうなってしまった。正面に錆びた煙筒が3本並んでいる光景は、まるで廃墟の街の遺物だ。あちこちに穿たれた小さな窓にはウサギの絵、その建屋の上には赤い太陽でも青白い月でもない黄色い楕円形の大庇…。裏に回ると、四角い橋脚にその部分だけえぐり取られている。
しばし考えた。同じような〝劣悪〟な立地条件のトイレはもう一つある。田村氏が担当したトイレだ。そこは線路の壁と、左右の非常倉庫と電車の電源分配ボックス、交通量の多い車道に挟まれた、三角形の「隙間」だった。ほかはみんな公園内か人通りの多い歩道に面している。
なぜ女性二人だけかと考えないわけではないが、だからこそなのか、双方ともハンディを跳ね返す力があるという結論に達した。
以下のコンセプト、コメントを読むと、その熱意が伝わってくる。
コンセプト まちあかりのトイレ 高さの異なる円筒形のトイレに、黄色い楕円形の大庇を浮かし、外壁についた丸窓からはうさぎがのぞいています。敷地の特殊事情から軽量化が求められ、耐候性鋼板パネル構造にし、また、京王線高架下の閉鎖感をなくそうと大庇を浮かせて第2の空を造りました。耐候性鋼板パネルは、鉄板を一旦錆びさせているためいつまでも強度と風合いが保てます。まちの頑固おやじのように、存在感がありまちの人々を明るく見守ってくれると同時に、楽しさも感じるトイレにしたいと思いました。開口部は広くとり、重厚ながらオープンで、中は明るく清潔感あふれ、安全性も感じるトイレにしました。
コメント 今回のTHE TOKYO TOILETのプロジェクトに参加した理由は、今回の企画が過去ずっと抱いていた課題に対する解決への挑戦があり、社会的にも大きな意味を持つと考えたからです。我が国での初めての公共トイレは1879年横浜で現れた洋風な公衆トイレでした。その時は世の人を驚かせたようでしたが、それから約140年余を経て、公衆トイレの今は、利用者の無自覚ないたずらや汚損、それに追随しない(対応できない=記者注)メンテナンスの脆弱さの中で、4K(臭い、暗い、怖い、汚い)の代名詞になっています。女性にヒアリングすると、近寄りたくないとさえ言われるくらいです。私どもはこの37年間、250か所以上の公共のトイレの設計に携わってきましたが、公衆トイレは一番難しく、かつ意味のあるトイレではないかと考えています。今プロジェクトは、「公衆トイレは、市民みんなの財産であること」をもう1度考え直すきっかけを造ろうとされています。こんな企画はわが国でも初めてです。これを機に様々な公衆トイレの議論ができることを期待します。
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全17か所のうち15か所を見学して、課題も見つかった。それぞれのトイレには建築家・デザイナーの強烈なメッセージが込められている。
利用していないときは外から丸見え、利用中は中からは見えるが外からは覗かれないという意表をついた坂茂氏のシースルー「代々木深町小公園トイレ」「はるのおがわコミュニティパークトイレ」は話題になった。えも言われぬ白の波打つ外観が美しい槇文彦氏の「恵比寿東公園トイレ」に記者は惚れ込んだ。安藤忠雄氏の「神宮通公園トイレ」は対照的で、威厳に満ちた黒光りするお堂に見える。隈研吾氏の「鍋島松濤公園トイレ」は〝負ける建築〟そのもの、時を経るごとに周囲の景観にすんなりと馴染むのではないか。
このほか、コンクリに木調デザインを施した片山正通氏の「恵比寿公園トイレ」、鮮やかな赤に圧倒された田村奈穂氏の「東三丁目公衆トイレ」、ピクトサインも控えめで全然トイレに見えない佐藤可士和氏の「恵比寿駅西口公衆トイレ」、童話・近未来の世界を描いているような伊東豊雄氏の「代々木八幡公衆トイレ」、NIGO®「神宮前公衆トイレ」、佐藤カズー氏の「七号通り公園トイレ」、公園トイレはかくあるべしという見本のような坂倉竹之助氏の「西原一丁目公園トイレ」、周りの植栽計画も見事な後智仁氏の「広尾東公園トイレ」などみんな素晴らしいものばかりだ。
だが、しかし、〝誰も利用しない公園〟は渋谷区でも例外ではないはずで、「使われ活きる公園」にしないと、プロジェクトの目的は達成されないのではないか。
そして何よりも、著名な建築家・デザイナーの〝作品〟であることを同財団も渋谷区も伝えていないことが気になる。小さな銘板はあるのだが、探さないと分からない。
今からでも遅くない。入口かブース内にプロジェクトの目的、担当した建築家・デザイナーのメッセージを掲出すべきだ。バーコードでもいい。そうすれば、みんなトイレをきれいに使うはずだ。
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