好スタート 第1期は330戸 住友不「シティタワーズ東京ベイ」 プラン秀
「シティタワーズ東京ベイ」
住友不動産「シティタワーズ東京ベイ」が好調なスタートを切った。第1期1次販売戸数は330戸で、本日(8月17日)から契約を開始したが、同社は300戸くらい成約できると見ている。坪単価は320~330万円。アッパーミドルを中心に湾岸エリアからの買い替え意向が半数近くに上るのが特徴だという。
物件は、東京臨海高速鉄道りんかい線国際展示場駅から徒歩4分、ゆりかもめ有明駅から徒歩3分、江東区有明二丁目に定置する32・33・33階建て3棟全1,539戸。第1期1次(330戸)の専有面積は43.17~118.36㎡、価格は3,490万~15,490万円(最多価格帯7,000万円台)、坪単価は320~330万円。竣工予定は平成31年7月下旬。施工は前田建設工業。
現地は、開発面積約10.7haの国家戦略特区認定を受けた住宅・商業・ホテル・子育て支援施設などの大規模複合開発。2010年に都市再生機構と東京都から用地を取得した。
住宅棟は有明駅とぺディストリアンデッキで結ばれ、建物は免震工法を採用。道路を挟んだ南側は国営公園約6.7ha、都立公園約6.5ha、合計13.2haの東京臨海広域防災公園。周辺に高い建物がなく、眺望が将来にわたって担保されているのが特徴の一つ。
住戸プランは、70㎡台で約10mスパンを確保するなどすべての住戸がワイドスパンで、内廊下、天井高約2600ミリ、アウトフレーム、ダイナミックパノラマウインドウなどが特徴。
同社は、「極めて順調。今日から契約開始だが、300戸くらいは成約できそう。築10年超の湾岸マンションからの買い替え意向が半数近くに上っているのが特徴。当社の今年上半期(1~6月)のマンション来場者数も成約数も昨年同期比20%増」と、手ごたえを感じている。
モデルルーム
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競合関係はともかくとして、今年供給される湾岸マンション5物件の価格と売れ行きに注目していたが、すべて価格は抑制気味で、売れ行きも極めて好調に推移しそうだ。
5物件とは、京浜急行他「プライムパークス品川シーサイド」1,152戸(「ザ・タワー」817戸、「ザ・レジデンス」335戸)、積水ハウス「グランドメゾン品川シーサイドの杜」587戸、三井不動産レジデンシャル他「パークタワー晴海」1,076戸、野村不動産「プラウドシティ越中島」305戸と住友不動産のこの物件だ。トータルすると4,659戸にも達する。
当初から坪単価は300万円を突破するとみていたが、大幅に超えるようだと苦戦必至とみていた。ところが、アドレスが「中央区」の三井不動産レジデンシャル「晴海」が坪340~340万円に落ち着き、住友不動産の「東京ベイ」が320~330万円、京急&積水ハウスの「品川シーサイド」が308~320万円、野村不動産の「越中島」が300万円強と絶妙な値付けが奏功したのか、いずれも極めて好調なスタートを切った(野村不「越中島」は9月分譲)。
京急「品川シーサイド」の第1期は400戸に上り、積水ハウス「品川シーサイド」も第1期は207戸、三井不動産レジデンシャル「晴海」の第1期が369戸、そして住友不動産「東京ベイ」の第1期が330戸だ。
エントランスホール
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商業施設やホテルがどのようなものになるか未定だが、「東京ベイ」は、同社のフラッグシップにふさわしいレベルが高いマンションだと思う。
プランがいい。40~50㎡台も含めすべてワイドスパンで、全居室が窓側に面している。四方八方に高い建物がない特性をよく生かしている。天井高も高く、設備仕様も水準以上だ。ジオラマも大きさは20㎡くらいあり、1000分の1の建物も精緻にできている。
シアターは見なかったが、物件の特性をしっかり伝えているのがユーザーの評価につながっていると見た。
京急電鉄他「品川シーサイド」 第1期は約400戸 昨年の「二俣川」「東京王子」上回る(2017/3/13)
「5本の樹計画」と呉越同舟効果 「グランドメゾン品川シーサイドの杜」(2017/3/24)
三井レジ他「パークタワー晴海」 「有明」と競合必至 価格はいくらになるか(2017/4/26)
野村不「プラウドシティ越中島」は坪300万円強 激戦の湾岸で優位に立つか(2017/7/21)
竣工販売だからできる夫婦別室提案 大成有楽不動産「オーベル稲城南山」
「オーベル稲城南山」
大成有楽不動産が近く分譲を開始する「オーベル稲城南山」を見学した。約87万m²の土地区画整理事業による街づくりが進んでいる「スカイテラス南山」の一角に位置し、目の前は公園や雑木林。この緑の環境が評価され、中広域的に集客が進んでいるという。
物件は、京王相模原線稲城駅から徒歩8分、東京都稲城市の南山東部土地区画整理事業地内に位置する7階建て47戸。専有面積は67.90~95.57㎡、価格は3,400万円台~6,000万円台、最多価格帯は3,800万円台、坪単価は188万円。施工は南海辰村建設。建物は平成29年7月に竣工済み。
現地は、広大な土地区画整理事業による街づくりが進んでいる「スカイテラス南山」の集合住宅用地・沿道施設用地の一角にあり、保育園、大型スーパーに近接。道路を挟んだ南側は公園予定地で、その奥には戸建て用地や雑木林が広がる。敷地の北側は先に完売した野村不動産「プラウドシティ南山」(412戸)。
住戸プランは、南向き中心のファミリー向け。同社オリジナルの提案「オレンジラボ」が標準装備。
来場者のうち25%が稲城市居住者で、中広域から集客できているのが特徴。南側に公園予定地や戸建て、雑木林などが広がる緑の環境が評価されているという。
モデルルーム
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「プラウドシティ南山」が売れ残っているようなら販売は苦しいとみていたが、この4月で完売したそうだ。約2年で412戸が売れたことになる。
大成有楽不動産の物件は「プラウド」より坪単価で10万円くらい高いが、立地・環境を考慮した値付けだろう。竣工販売にしたのも環境のよさをアピールする狙いがあったからだろう。
シニア向けに夫婦別室の提案を行っているモデルルーム(83㎡)の提案が面白い。これも竣工販売だからこそできる提案だ。
50代前半の居住を想定したプランは、夫の部屋が約6.5畳大、その隣に約5畳大の妻の部屋、さらにその隣に5畳大の主に妻用のクローゼットを提案している。
分譲戸建てでは夫婦別室提案をかなり見学しているが、マンションではほとんど見たことがない。マンションでもニーズはあるはずで、受けるかもしれない。
タウンマネジメントや里山については、別掲の記事を参照していただきたい。
モデルルーム
市街化区域編入から44年 稲城・南山の区画整理で分譲開始(2014/9/25)
多摩ニュータウン学会 稲城市の南山東部区画整理・里山を学ぶ(2012/3/26)
地域の魅力をどうアピールするか 野村不動産「プラウドシティ南山」(2015/2/9)
〝不動産は買い時〟過去5年で最低の41.1% 野村アーバン調査
野村不動産アーバンネットは先に不動産情報サイト「ノムコム」(http://www.nomu.com/)の会員を対象とした「住宅購入に関する意識調査(第13 回)」の結果をまとめ、「不動産は買い時」との回答は41.1%と前回調査より3.5ポイント減少し、「不動産は売り時」と考える理由1位は「今なら好条件での売却が期待できるから」などと発表した。調査は、不動産の購入検討者であるノムコム会員に年2 回(1月・7月)実施しているもの。
不動産の買い時感については、「買い時だと思う」「どちらかと言えば買い時だと思う」の回答が41.1%(前回比3.5ポイント減)で、2013年7月の63.3%と比較して22.2ポイント減少。この5年間で最低となった。
一方、「買い時だと思わない」の回答が37.6%(同6.4ポイント増)で、この5年間でもっとも少なかった2013年7月の36.7%を0.9ポイント上回った。
今後の不動産の価格については、「下がると思う」の回答が34.4%(同7.1ポイント増)となり、「上がると思う」の回答は22.9%(同0.3ポイント減)となった。
売却意向のある人に不動産の売り時感について聞いたところ、「売り時だと思う」「どちらかと言えば売り時だと思う」を合わせ75.8%となった。その理由は「今なら好条件での売却が期待できるから」の回答が最も多く51.4%、次いで「不動産価格が上がったため」の回答が47.7%となった。
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「不動産は買い時」感が過去5年で最低となったのは今のユーザーのムードを反映してはいるが、記者はこの種の「売り時」「買い時」調査をあまり重視しない。住宅を投資の対象にしている人や住宅に困っていない富裕層などはともかく、圧倒的多数派を占める住宅困窮者にとって「売り時」「買い時」などと考える余裕はないと考えるからだ。
住生活基本計画における居住面積水準では子育て世帯の63.8%が最低居住水準以下・誘導居住面積以下となっており、その他、耐震性、住環境、最寄り駅からの距離、通勤時間などの不満を合わせれば、住宅困窮者は圧倒的多数派を形成する。
このような層はいつも「買い時」であり、ステップアップが可能ならいつも「売り時」であるはずだ。
「買い時」と感じていない人が増加しているというのは、それだけデベロッパーや不動産流通会社の提案力・需要喚起策が低下しているということだし、ユーザーの将来不安に対する解消策を示せない国の責任は大きい。
「分譲か賃貸か」の記事は“読まない書かない売らない”一般サラリーマンには「分譲か賃貸か」の選択肢などない(2012/2/29)
ポラス 学生コンペ 実物件化モデルハウスを公開 ミニ開発の難点を解消
「DomaHut(どまはっと)」
ポラスグループのポラスガーデンヒルズは8月10日、2014年の「第1回ポラス 学生・建築デザインコンペティション」に応募があった全458作品のなかから実物件化を目的として建築を進めてきたモデルハウス「DomaHut(どまはっと)」が完成したのに伴い、報道陣向けに見学会を行った。実物件化は一昨年の「三郷中央」に次ぎ2件目。
採用したのは、当時、九州大学大学院の松川真友子氏の「もう一つの連なる棟」。建物は松戸市牧の原に位置する敷地面積101.58㎡、木造軸組工法3階建て、延べ床面積125.25㎡。5,000万円台の前半で分譲する予定。当時の応募要件は、木造による1棟~最大10棟の「自立型の共生を表現した住宅」だった。
縦長の建物を3分割し、中央のブロックの屋根を90度回転させ、屋根の間から光と風を取り込み、半屋外と半屋内の土間空間を演出し、梁・柱・天井などに構造体を効果的に露出させているのが特徴。
事業化に関わった同社ガーデンヒルズ事業部設計部部長・安藤欣司氏は「家の真ん中に土間空間を設け、外とつなげるアイデアが面白かった。適地を選定するのとプランニングに2年間くらい要した。コストをもっと下げるのが課題」などと話した。
現在、北川原温建築設計事務所に勤務する一級建築士の松川氏は「実家が長崎で、隣近所の付き合いが大事だったのを思い出し、庭が持てない密集住宅地の問題を解決しようと考えた。プロの力によって事業に関われたことに感謝している」と語った。
土間空間
安藤氏(左)松川氏
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松川氏がどのような「密集住宅地」を想定したのかわからないが、記者は昭和50~60年代、いわゆるミニ開発をよく取材した。ひどいものは、長屋として確認申請し、実際は切り離して一戸建てとして分譲されたものもあった。猫の額ほどの庭もなかった。明らかに違法建築だった。
安藤氏が「コストは2階建てと比較すると1.7倍、3階建てだと3割増し。窓も嵌め殺しにせざるを得なかった」と語ったように、コスト高は否めないが、ミニ開発の問題点を解決しようという意欲がストレートに伝わるモデルハウスだと思う。
とくに1階のビルトインガレージ-土間-ダイニングの提案がいい。土間の広さは5坪くらいか。光と風を呼び込み、外と緩やかにつながるテーマがよく表現できている。3階までのボイド空間の天井高は約9メートルもある。
課題・難点もある。松川氏が当初描いた「密集住宅地のミニ住宅の閉じられた空間を外に開放する」狙いを徹底させるなら、土間空間は「勝手口」のような機能を持たせてよかったのではないかと思う。
もう一つ。3階部分の2つの居室のうち1室は窓が1カ所しかなく、風が抜けない。窓の外は屋根が迫っている。9メートルのボイド空間は捨てがたいが、外壁の屋根形状はそのままにし、内部は陸屋根にして屋上テラスとして利用できるようにすればよかったのではないか。
2階リビング
三層の土間ボイド空間
ポラス中央住宅 「坪庭」と「玄関」を一体化 学生コンペ作品を実物件化(2015/12/3)
ポラス 学生・建築デザインコンペに458作品が応募 5作品が入選(2014/8/6)
近鉄不動産 リノベ賃貸事業第一弾「Refio成増」 1戸分を「コモンスペース」に充当
「Refio成増」
近鉄不動産は8月9日、同社のリノベーション賃貸レジデンス事業第一号物件「Refio成増」が完成したのに伴う報道陣向け内覧会を実施した。内外装に天然木をふんだんに用いデザインにこだわったほか、コミュニケーション不足になりがちな都会の単身生活に、入居者同士の情報交換、ライフスタイルの共有ができるよう1戸分を「コモンスペース」に充てるなど、かなり力を入れていることがうかがわれた。すでに全28戸のうち25戸が成約済みだという。
物件は、東京地下鉄副都心線・有楽町線地下鉄成増駅から徒歩5分、板橋区成増1丁目に位置する4階建て全28戸。専用面積は21.76~25.93㎡。賃料は70,000~88,000円。建物は1992年竣工で、従前は近鉄グループが所有していた社宅。大規模修繕工事は近鉄ビルサービス。
ブランド名「Refio」は、RenovationやRenaissance(再生・復活を表す)の〝Re〟とイタリア語の花を表すFioreの〝fio〟を組み合わせた造語で、「築年数の経った建物をリノベーションして、新しい花を咲かせるように再生させる」という意味が込められている。
Before
◇ ◆ ◇
「Refio成増」は敷地面積が約125坪、戸数28戸の規模しかない。取得に要した費用やリノベ費用がどれくらいかわからないが、近鉄グループホールディングスの売上高1兆2,048億円(平成29年3月期)、不動産事業の売上高1,521億円(同)億円からして微々たるものでしかないはずだ。
にもかかわらず、わざわざメディア向け内覧会を行ったのは「今後も築年数の経過した物件を再生するリノベーション賃貸レジデンス事業を積極的に推進し ていきたい」(同社プレスリリース)という強いメッセージを発したかったからに相違ない。
その意思がストレートに伝わってきた。居室の床は無垢材のフローリングとし、ベッドも備えている。また、入居者同士の親睦を深め交流会や友人を招いたホームパーティなどが行えるように、1戸分(25㎡)をつぶしてIHキッチン付きのコモンスペースを設置した。外壁にも大きな無垢材の壁を配した。同社によると1戸当たり300~400万円の費用をかけたそうだ。
リノベーション事業は大手・中小が入り乱れて大激戦の様相を呈している。ここに近鉄不動産が参入した。これからどのような展開を見せるか。
コモンスペース
◇ ◆ ◇
それにしても、ここ数年の電鉄会社&グループ不動産会社の首都圏への攻勢がすさまじい。近鉄不はもともとマンションや戸建て・仲介事業を展開し来たが、最近は阪急不動産が凌ぐ勢いだ。京阪電鉄(不動産)も昨年は1,000戸を超えるマンションを分譲して話題になった。西鉄(不動産)も本格的に首都圏進出を決めた。
攻め込まれている既成勢力の東急(不動産)や小田急(不動産)、西武(プロパティーズ)、京王(不動産)、相鉄(不動産)、京急(不動産)も指をくわえて眺めているわけではない。住宅だけでなくビルやホテル事業、その他生活関連事業を積極的に展開しだした。
少子・高齢社会を迎え、鉄道事業だけでは伸びが期待できず、それこそ〝ゆりかごから墓場まで〟(福祉政策のことを言っているのではない)都市居住者のあらゆるニーズを取り込もうという戦略だ。不動産業界と比べてだが、潤沢な資金を背景にデベロッパーとの競争に拍車がかかる。首都圏が主戦場になる。
居室
「週刊住宅」が復刊 元社員らが「株式会社週刊住宅タイムズ」設立、発行へ
元週刊住宅新聞社社員と読者有志の小口出資によって設立された株式会社週刊住宅タイムズが「週刊住宅」を8月下旬から復刊する。
同タイムズは、同新聞社の代理人弁護士との協議によって、有償で「週刊住宅」の譲渡を受けたもので、代表取締役には元週刊住宅編集長の山口卓哉氏が就任した。
事務所は〒101-0061 東京都千代田区三崎町3-3-4 巴ビル2階 電話03-3234-2050 FAX03-3234-2070。
◇ ◆ ◇
うれしいニュースが飛び込んできた。本日(8月10日)、取材先から戻ったら「週刊住宅」の復刊を知らせる封書が届いていた。実は、この日の午前中、取材先で「株式会社週刊住宅タイムズ 編集企画室 記者」の肩書が付いた名刺を女性記者Oさんから渡され、山口さんを含め記者3人と女性スタッフ1名で再出発することを聞かされた。飛び上がらんくらいにうれしかった。そして封書だ。二度おいしいグリコのようなものだ。
山口さんとOさんとはいつも取材現場で一緒だった。もう一人のN記者とは取材分野が異なるのであまり話したことはないが、不動産金融分野で鋭い記事を書かれていた。そして何よりも女性スタッフのSさんには前職時代にいろいろお世話になった。
新しい新聞は「週刊住宅」のロゴもそのまま引き継ぐそうだ。前途は容易ではないと思うが、お金以外のことなら何でも支援したい。それにしても代理人弁護士の方はなんと理解のある方か。元「週刊住宅」の記者としても感謝申し上げたい。
「週刊住宅」破たん わたしはこう考える ① (ハウスメーカー広報担当)
週刊住宅」破たん わたしはこう考える ②(デベロッパー広報担当)
「週刊住宅」破たん わたしはこう考える ③(不動産流通会社広報担当)
〝オールスターツ〟「QUWON(クオン)新浦安」始動 新浦安ブランド回復のシンボル
「QUWON(クオン)新浦安」
〝オールスターツ〟のビッグプロジェクト、「QUWON(クオン)新浦安」が始動した。50,000㎡超の第一種低層住居専用地域に、同社グループを始めとする民間グループ、浦安市、明海大学などが連携して防災に強い街づくり、高齢社会対応、子育て支援の強化などの課題を解決し、地域ブランドの回復を目指す事業だ。「QUWON(クオン)新浦安」はその第一弾の4階建て全170戸の免震マンション。
物件は、JR京葉線新浦安駅から徒歩15分、千葉県浦安市明海二丁目の第一種低層住居専用地域に位置する開発面積約51,000㎡の一角に建つ4階建て全170戸。現在分譲中の住戸(9戸)の専有面積は75.87~129.88㎡、価格は5,058万〜11,698万円。坪単価は260万円。竣工予定は平成30年7月下旬。設計は日建ハウジングシステム・スターツCAM、施工はスターツCAM・(液状化対策工事)竹中土木、管理はスターツアメニティー、売主はスターツコーポレーション、売主・販売代理はスターツデベロップメント。
開発地には同マンションのほかに戸建(90区画)、保育園、高齢者ケア施設が予定されている。
7月から第1期60戸の分譲が始まっており、マンションギャラリーのチーフアドバイザー・佐藤勇介氏は「当社初のオールスターツの物件。売れ行きは順調。当社グループのホテルエミオン東京ベイが格安で泊まれるサービスも好評。戸建てとの近居を考えているお客さんもいる」と話している。震災時の被害についてはほとんどの来場者がよく知っているという。
◇ ◆ ◇
同社は売上高1,808億円(2017年3月期連結実績)、従業員数7,401名(2017年4月末現在)の大きな会社だが、記者が取材を始めた1980年代は江戸川区のあまたある不動産屋に過ぎなかった。「千曲不動産」という商号だった。
同社がマンションを積極的に分譲しだしたのは1990年代だと記憶しているが、驚愕したのはユニバーサルデザインをテーマにした2000年竣工の「アルファグランデ市川本八幡」(217戸)だった。駅から徒歩19分の絶望的な立地だったが、ものの見事に早期完売した。記者は、この物件を真っ先に「ベスト3マンション」に選んだ。企画を担当したのはスターツデベロップメント社長・市村義和氏だったはずだ。
あれから約20年。今回のマンションを取材して、地域密着に徹し愚直に住まいのあり方を追求してきた企業姿勢が社会から評価されたのだろうと改めて認識した。同社は2001年から賃貸住宅の免震化を進めてきたが、これまでの施工件数は389棟9,381戸にのぼり、日本一の数だという。すごい数字だ。
今回のプロジェクトの用地取得は震災前だった。震災後、新浦安ブランドは地に落ちた。そこで同社は一から企画を練り直した。地盤改良の解析と工事のために約1年、24億円を投じた。そして敷地内に18,000本の砂杭を打ち、さらに敷地外周部に2,280本の杭を打っている。4棟のマンションもすべて免震工法を採用している。
設計-施工-販売-管理まですべて同社グループが主導する〝オールスターツ〟物件だが、ここに同社の意気込みがうかがわれる。浦安と新浦安の同社グループの拠点を中心に約3,200戸の管理戸数がある。本拠地の一つだ。万全の安全対策を施すことが信頼につながると判断したに違いない。
住戸プランは、市の規制が厳しいので広めの住戸が多いのは当然だが、間口は最低でも6400ミリ最大9000ミリ、サッシ高2200ミリ、バルコニーの奥行き最大3m、メーターモジュールの廊下幅など千葉県の物件ではまず過去に例がないレベルの高さだ。
坪単価について。新浦安駅から徒歩15分で坪260万円は高いか安いか、これはユーザーが判断することだ。これ以上書かないが、〝安心・安全〟を価格に換算したら、この値段では絶対に供給できないということだけは確かだ。
あの時から6年振りに新浦安を訪れたが、あの痕跡をほとんど見つけることができなかった。新浦安ブランドが文字通り一新されることを願う。
液状化に悲鳴あげる浦安市 道路・上下水道ズタズタ、計画停電も(2011/3/17)
「砂上の楼閣都市」新浦安 それでも住宅はしっかり建っていた(2011/3/17)
「おーお明治」大学の誇り 百瀬恵夫名誉教授の「瑞宝中綬章」受章を祝う会に300名
〝白雲なびく駿河台…おーお、明治〟百瀬恵夫・明大名誉教授の受賞を祝う会(京王プラザホテルで)
百瀬氏と幸子夫人
明治大学名誉教授の百瀬恵夫氏(82)が今年の春の叙勲で「瑞宝中綬章」を受章したことを祝う会が7月28日、都内のホテルで行われ関係者約300名が参加した。
「瑞宝章」は公務などに長年にわたり従事し、成績を挙げた人に贈られるもので、百瀬氏は明大教授としての「教育研究功労」のほかに、中小企業の育成と協同組合の理論的支柱として実践に携わり、さらに沖縄泡盛の酒造協同組合の設立などにも深くかかわったことなどに対する「沖縄産業振興功労」の功労に対して綬章した。
百瀬氏は、受章の喜びを「感無量」とし、「私の沖縄への思い入れは、特攻隊員として沖縄戦に参加し、捕虜になりながら生き残った兄の悲しみと、その兄に注いでくださった沖縄の方たちの限りない愛情に対する恩返し」などと語った。
当日は、明大卒で元内閣総理大臣・村山富市氏や明大理事長・柳谷孝氏、同学長・土屋恵一郎氏、同校友会会長・向殿政男氏、明大時代の同級生で元衆議院議員・元厚生労働省副大臣・中野清氏など明大関係者のほか、百瀬氏の幅広い活動を示すように内閣府沖縄振興局長・槌谷裕司氏、明大卒で台湾 環球科技大学の創設者・許文志氏、協同組合ジェプラ理事長・大木勝志氏なども参加。
発起人を代表して明大常勤理事で明大政治経済学部教授・飯田和人氏と明大評議員会議長で明治大学校友会相談役・山口政廣氏が挨拶した。沖縄県知事・翁長雄志氏からのメッセージも届いた。
このほか、百瀬氏が会長として30数年間、継続して毎月1回「例会」を行っている「中小企業研究会」や、沖縄の自然保護、環境保全及び自然と人間との調和が全てに優先することを基本理念に掲げ、勉強会を行っているNPO法人OSI(沖縄環境・観光産業研究会)、さらに明大体育会柔道部明柔会(OB会)名誉顧問、明大マンドリンOB倶楽部最高顧問などを務めていることなどから各界から多くの関係者が参加した。
百瀬氏は、明大マンドリンOB倶楽部の生演奏が行われる中、ほとんどすべての参加者の席を回り、ともに受章の喜びを分かち合った。
参加者には記念品として、百瀬先生と篠原勲氏との共著「明大魂と人間力」、先生が作詞された「もののふ」「沖縄讃歌」のCD、川越菓匠「くらづくり本舗」の菊の紋章入りどら焼き、先生直筆「道」のオリジナルラベルの10年古酒泡盛「海乃邦」が贈られた。
会場で披露された「瑞宝中綬章」額装
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百瀬氏は来賓各氏からのお祝いの言葉を受けて、次のようなお礼の言葉を述べた。
「感無量でございます。言葉になりません。本当にありがとうございます。もっとも尊敬申し上げている村山先生、怪我にも関わらず駆け付けてくださいまして本当にありがとうございます。皆さんにも心からお礼申し上げます」
「私は長野県松本の生まれであります。9男2女の11人兄弟です。村山先生のご兄弟の数と一緒だと思います。
私が5歳の時父親を、15歳のとき母親を亡くしました。(百瀬家は素封家だったそうだが、家計が一挙に苦しくなり)以来、私は高校も大学もいわゆる苦学生になりました。
その中で守ってきたのは『人様に迷惑をかけるな、他人から後ろ指をさされるようなことはするな、教育が全て』という母親の教えでした。
松本出身のわたしがどうして沖縄に力を入れるのか、たくさん質問がございます。その理由を少しだけお話しさせていただきます。
私の5番目の兄は沖縄戦の終戦の直前(昭和19年)、沖縄に特攻隊員として行きました。『震洋』というベニア板で作られた一人乗りの魚雷艇に魚雷を積んで特攻攻撃をしました。
幸か不幸か、その当時は他にもたくさんあったようですがエンジンの故障で『震洋』は不発となり、兄は米軍の捕虜、いわゆるPW(Prisoner of War)になりました。
兄は、戦時下の沖縄を目の当たりにし、『沖縄の人たちは自分が生きるだけで精いっぱいなのに軍人にも一生懸命尽くしてくれた。このご恩は忘れられない。恵夫も何か沖縄の役に立ったらどうか』といつも聞かされていました。
41年前、沖縄から講演の依頼がございました。私の専門は中小企業と協同組合研究ですが、沖縄(の会社)は99.9%中小企業、零細企業です。この沖縄の中小企業を救うのが私の使命と固く決意し、この30年間、ここ10年間はやや少なくなりましたが、毎月のように沖縄に参りました。
わたしの沖縄への思い入れは、兄の悲しさと、沖縄の方々の限りない愛情に対するご恩返しだと思っているからであります。このことを評価してくださったのが内閣府の槌谷局長です」
続いて百瀬氏は家族についても次のように語った。
「家内は同級生であります。結婚する相手は同級生が一番いい。当たりはずれがないのです(爆笑)。私は的を外しません。私みたいな人間をうまく操縦してくれたのは女房です。皆さんご存知のように、私はやりたい放題をやってきましたが、女房の言うことだけは聞く。女房にとても感謝しています。
私には2人娘がいます。婿が2人、孫が3人。すべて教職についています。家内も教職についておりましたので、家族は二人の背中を見て育っています。
これまでただ一つ、きつくみんなに言ってきたのは時間を守れということです。時間を守れない人間は約束を守らないと。これが私です。
これからの残された人生は「利他」の言葉がありますが、人さまの役に立ちたい、ご鞭撻を賜り頑張ってまいります」
百瀬氏
◇ ◆ ◇
以下、百瀬氏の叙勲を祝う来賓各氏のあいさつ。
乾杯の音頭を取った北野大氏と司会を務めた松永二三男氏(元日テレアナウンサー)
明大政治経済学部教授・飯田和人氏 先生の今回の受章は中小企業とその協同組合の育成、沖縄の産業振興に貢献されたことに対する内閣府の推薦と長年の教育研究に尽力されたことに対する文科省からの推薦という2つの省からの推薦によるものです。
私は8人の発起人の一人で、先生の後輩であります。今回の祝賀会には大学の最高決定機関から中小企業関係団体まで幅広い様々な分野の方々がいらっしゃいますが、大学の柔道部やマンドリンクラブなどスポーツ・文化分野からも大勢の方がいらっしゃっています。先生が様々な分野で指導力を発揮されたことが参加者の顔ぶれからもよくわかります。
飯田氏
明治大学評議員会議長・明治大学校友会相談役・山口政廣氏 先生は余分なことを話されない。単刀直入、ズバリと要所を指摘される。本質、核心をついた言葉をしかも心を込めて話される。
この先生のお人柄と姿勢にわれわれが教えられてきた。
山口氏
元内閣総理大臣・村山富市氏 (車椅子から杖を突いて立ち上がり)こういうぶざまな格好で申し訳ございません。1週間前まではぴんぴんしていましたが、元気を出しすぎて踵を骨折してしまった。
百瀬先生は大変ユニークな方で、私も評議員会などでお会いするのを楽しみにしていた。いつも遠慮なく発言されていた。その言葉に敬意を払っていた。なくてはならない存在。これからも大学、社会のために活躍していただきたい。
村山氏
内閣府沖縄振興局長・槌谷裕司氏 先生の教育研究の功績は山ほどあるようですが、(これまで受章されなかったのは)勤続年数が足りなかったということのようです。いかにもお役所的と言われそうですが、そこで我々内閣府は文科省にお口添えをいただき、それなりに忖度いたしまして、一計を案じて今回の受章につながったわけでございます。
今年は沖縄復帰45周年の節目の年ですが、叙勲が間にあったことと、宮中で今上陛下に叙勲者代表としてお礼の言葉を言上されたことをともに喜びあいたいと思います。沖縄の地場産業の育成や泡盛の普及などに尽力された。先生は沖縄版アベノミクスだと思います。
ここで一句。「恵夫飲む クースで広がる 好景気」
槌谷氏
沖縄県知事・翁長雄志氏(代理 沖縄県東京事務所長・比嘉徳和氏代読) 知事は岩手県の全国知事会議に出席のため、私が熱いメッセージを預かりましたので代読させていただきます。
先生は沖縄県の中小企業の発展、とりわけ生コン業界の経営に対する指導、助言に多大な尽力をされました。
また、県の重要な地場産業である泡盛の普及のため紺碧会の会長を長年務められ、在京県人会ネットワークの構築にも多大な貢献をされております。
今回の綬章はご自身の栄誉であることはもちろんのこと、県民関係者の誇りでもあります。深く敬意を表するとともに心からお祝い申し上げます。
今後とも高い見識と豊かな経験を生かし、後進の育成と県勢の発展にご支援賜りますようお願いいたします。
比嘉氏
明大理事長・柳谷孝氏 叙勲の記念品の一つとして渡されている篠原勲先生と百瀬先生の共著「明大魂と人間力」(第三企画出版)を拝読いたしましたが、キーワードであるオンリーワン、モノノフ、武士道精神は実は先生の人生そのもの。国内外の明大の講演などのゲストとして依頼が多いベスト3を私の独断と偏見で選べば、まず百瀬先生、次に北野大先生、そして土屋学長と言いたいのですが、土屋学長は公務でありますので除外しますと、マンドリンOB倶楽部であります。
先生の古武士然とした姿が大好評でして、そして「筋を通せ」「卑怯を許すな」「悪いことは悪い、正しいことは正しい」「覚悟を持て」というメッセージが共感を呼ぶのであります。
先生にはこれからも明大の建学の精神を未来に引き継いでいただきたい。
柳谷氏
明大学長・土屋恵一郎氏 昨日、800名くらい入る明大リバティホールで坂東玉三郎さんと対談したのですが、坂東さんと百瀬先生は共通するものがある。そこにいるだけで花がある、存在感があるということです。これほど存在感がある人は先生を除いていません。
先生と私は悪縁の関係。私は法学部出身、先生は政経学部。学内では法学部と政経学部はいつも選挙などで反対側にいる。先生の悪口をいうとわっと沸くのです。
ところが先生は私のことを気に入ってくれているようでありまして、悪口を言わない。私の名前は「恵一郎」ですが、先生は「恵夫」。先生は「土屋はいいやつだ。恵という字がついている人間には悪人はいない」とおっしゃる。ご自分のことだろうと思うんですが(笑)。
歳を経るごとに人間の花を咲かせる、これが誠の花です。男ここにあり、それが先生です。皆さんとご一緒に確認しましょう。
土屋氏
明大校友会会長・向殿政男氏 私の名前は「向殿」ですが、先生は〝バカ殿〟と呼ばれる。実に口が悪い。しかし、先生ほど信念を持っていらっしゃる方は明大にいません。言いづらいことを平気で言う。度胸がある。これは信念がないとできないことです。
先生がお書きになった本にも「人間力」が出てきますが、無骨でもいい、迎合しない、正しいことは正しいとはっきり言う、これが明大の精神です。これを先生は体現されている。これからも明治の柱として頑張っていただきたいと思います。
向殿氏
元衆議院議員・元厚生労働省副大臣・中野清氏(明大時代の同級生) 先生は私の生涯の誇りであります。先生には市会、県会、国会議員として38年間、先生のお世話になった。特に中小企業政策、金融政策について大きな教えをいただいた。以前の金融政策論は貸し手側から書いたものばかりでした。例えば銀行。天気のいいときは金を貸すが、雨が降れば傘を取り上げる、そんな金融行政は間違いだと先生はおっしゃった。借り手側から考えないといけないと仕込んでいただいた。改めてお礼を申し上げたい。
余談ですが、私の長男は明治に入れなくて他に入ったのですが、孫がやっと法学部に入れてもらった(爆笑)。
中野氏
台湾 環球科技大学の創設者・許文志氏 百瀬先生と伊藤(正昭)先生は私の恩師です。百瀬先生は1960年代以降の台湾の発展に大きな影響を与えられました。2004年以降、324名の学生がマスターコースで百瀬先生と伊藤先生の講義を受け、683名の東南アジアの国際学生が講義を受けました。
もう一つ、2005年から今日まで台湾の5カ所で明大マンドリンOB倶楽部の演奏会が行われました。これは台湾の音楽史に残る珍しいものです。
先生は日本と台湾をつなぐ経済・教育・文化の民間大使です。
許氏
協同組合ジェプラ理事長・大木勝志氏 先生に1987年(昭和62年)、包装資材ディーラーの協同組合ジェプラ設立時に顧問として参画していただいてから30有余年。売上高は当時300億円から現在700億円の企業体になり、数年前の株式会社設立へと至っています。これが先生の指導の証です。
人間力を基盤に相互扶助の精神をど真ん中に据え、会員の人格を尊重し、組合の経済的、社会的地位の向上を目指してきました。われわれは中小企業と協同組織のシンボルだと自負しております。
先生を長年観察しております私の「人間・百瀬恵夫」像を一言で言わせていただければ、学者の域を超越しているということです。
「バカヤロウ」の毒舌の裏にはものごとへの確信と人への愛、思いやり、心配りがあります。文武両道、行動力と実行力、徹底した現場主義は高邁な理論の裏付けがあります。さらに付け加えるなら、一線は超えないが女性が泡盛と同じくらい大好き-こんな人は先生以外いません。「人間力」そのものです。
大木氏
第三企画社長・RBAインターナショナル会長・久米信廣氏(中締め挨拶) 先生は多くの俊秀を育てていらっしゃいましたが、私は俊秀でも何でもありません。しかしながら、私は先生の弟子の一人として、先生を思う気持ちにおいては人後に落ちないと自負しております。
先日、先生から(文化勲章受賞者)平櫛田中の書の扁額を頂戴しました。『今やらねば いつできる、わしがやらねば だれがやる』という言葉が書かれています。先生からの叱咤激励の声そのものであり、ありがたく頂戴いたしました。そのとき、先生から『平櫛田中の旧姓は〝たなか〟。平櫛家に養子に入ったとき、旧姓を取り入れて田中と名乗った』というお話しもお聞きしました。そこで、『私は先生の養子ではありませんが、百瀬久米(きゅうべい)と名乗らせてください」とお願いしました。田中をでんちゅうとしたように、久米をきゅうべいと読み直したのですが、先生はこころよくご了承くださいました。本当にありがとうございます。
私は先生の最後の弟子を自認しております。最後というのは『今現在も弟子であり続けて教えを受けている』という意味であります。
久米氏
明大 柔道部 メダリストも勢ぞろい
〝文武両道 全うできたのは先生のおかげ〟吉田氏
左から園田氏、百瀬氏、小川氏
左から小川氏、吉田氏、海老沼氏
百瀬氏受賞に花添える明大マンドリンOB倶楽部
古賀メロディーなど1時間近く熱演
女性にも人気〝でも一戦も交えておりません〟
〝はい、バター〟〝はい、チーズ〟〝はい、キムチー〟
「感謝の言葉以外ございません」幸子夫人
百瀬氏ご家族の皆さん
◇ ◆ ◇
百瀬氏はお礼のあいさつで〝兄の悲しみ〟〝沖縄の人への恩返し〟を語った。兄の悲しみとは戦争に対する憎しみであり、怒りだ。沖縄への恩返しとは、沖縄戦で14万人もの民間犠牲者を出し、その後も様々な犠牲・格差を強いられてきた不公平に対する憤りであり、社会的弱者に対する愛だ。
以下、2005年(平成17年)2月7日発行の「RBAタイムズ」百瀬恵夫特集号の1部を紹介する。
百瀬教授を沖縄に駆り立てる愛と憎しみ
「生きて虜囚の辱めを受けた」兄への複雑な想い
百瀬氏を沖縄に駆り立てるのは「生きて虜囚の辱めを受けた」実兄(87)への複雑な想いだ。一言でいえば、戦争に対する憎しみと肉親への愛だ。
お兄さんは、日本軍の敗色が濃厚だった昭和19年、命と引き換えに米軍艦に突撃する魚雷艇・震洋の搭乗員として死地の旅についた。
ところが、当時の日本軍の魚雷艇はベニア板製で、エンジンの性能も低く、事故や誤爆で本来の目的を達成できたものは少なかった。成功率は1割で、死亡率は9割と言われている。お兄さんの魚雷艇も体当たりできずに負傷、米軍の捕虜となり終戦を迎えた。
命からがら帰ってきた故郷・長野県松本市でお兄さんを待ち受けていたのは、住民の冷たい視線だった。長野県でただ一人生きて帰ってきた特攻兵を見ようと、至るところから〝見物人〟が訪れた。
当時10歳の百瀬氏も「軍国教育を受けていた私も、兄は返ってこなかったほうがいいと思った」そうだ。
「生きて虜囚の辱めを受けた」お兄さんは、「生きて帰ってきて恥ずかしい。死んだほうがよかった」と自殺を図る。が、死ねなかった。
その後、お兄さんは警察予備隊(のちの自衛隊)に入り、現在も健在だ。
百瀬氏は「沖縄に来るよう何度も兄を誘ったが、本人は首を縦に振らなかった。兄を見ていると、悲惨な戦争はあってはならないとつくづく思う」と語る。
(後略)
金融排除問題がわが国でも浮上する可能性(2013/9/25)
「〝福島原発〟ある技術者の証言」著者・名嘉幸照氏がリスク管理を語る(2014/12/18)
武士道精神で日本再生を図ろう 「武士道と体育会系」出版を祝う会(2012/11/9)
地主の意向を反映 古民家の緑を残す 月内完売したコスモスイニシア「松陰神社前」
「イニシア世田谷松陰神社前」
7月に分譲を開始し初月で完売したコスモスイニシア「イニシア世田谷松陰神社前」を見学した。戸数は28戸と小規模ながら、地主の「緑の環境を残して」という意向を商品企画に反映させた、苦戦物件が多い世田谷区で出色の出来のマンションだ。
物件は、東急世田谷線松陰神社前駅から徒歩4 分、世田谷区世田谷4丁目に位置する6階建て全28戸。専有面積は54.10~76.00㎡、価格は5,098万~7,898万円、坪単価は315万円。施工は大豊建設。竣工は2017年3月。
第1期1次として23戸を7月8日に、第1期2次として5戸を7月22日にそれぞれ抽選し完売となった。契約者の約70%が区内居住者。4 月下旬にモデルルームをオープンしてから100 件を超える来場があった。
「既存樹をできるだけ残してほしい」という地主の意向を受け、商品企画に反映させたのが最大の特徴。敷地内にはサクラ、クヌギ、カシなど7本の既存樹を残した。
用地は、隣接する地主の古民家が建っていた土地で、設計・監理を担当するJWA建築・都市設計は、同社のマンションを設計したことがあり、また地主の自宅の設計も担当した縁から相対で取得するに至った。
住戸プランでは、住戸内の壁やキッチンカウンターを好みのクロスやタイルでコーディネートする「ホームデコレーションサービスプレミアム」のほか、地域ゆかりのアート、香り、草花をエッセンスとして追加する仕組みを採用。
共用エントランスには、松陰神社前にゆかりのあるアーティストがこの土地にあった古民家と樹をモチーフに作成したフランス画風の絵が飾られている。
同社プレスリリースによると「稀に見る緑量ある空間に清々しい『緑の景観』が臨めること」が高く評価された。
緑道とエントランス
エントランスホール
◇ ◆ ◇
「初月完売」のプレスリリースが届いたのは8月7日。そこには「こんなに素敵な空間を持つ物件は他にない」とのお客さんの声が紹介されていた。
何事も疑ってかかるのが記者の基本。自分の目で確かめないと記事にできないと判断して同社にすぐ見学を申し込み、実現した。
プレスリリースは嘘ではなかった。敷地面積は約1,000㎡だが、四囲にびっしり樹木・草花が植えられていた。制約が多い敷地を巧みに利用したランドプランが秀逸だ。
借景がまた素晴らしい。隣接する「欅ハウス」は、記者も取材したことがあるチームネット・甲斐徹郎氏が企画したコーポラティブハウスだ。それと隣家の邸宅内に立っている世田谷区が指定した保存樹のケヤキがまた見事だった。
当然といえば当然だが、この借景を居室から眺められるようにしているプランがなかなかいい。
残せるものは残す。デベロッパーの使命であることを改めて学んだ。
〝じじい、じじい(爺、爺)〟と暑苦しい嫌味な声で鳴くアブラゼミには癪に障ったが、プレスリリースを引き写しただけでは絶対書けない記事になった。取材に同行してくれた同社の広報担当・Aさんが、59年振りに13連勝した西武ファン(記者は59年前も西鉄ファン)であることを聞き、またうれしくなった。
取材を終えたとき、緑道を南から北に涼しい風が抜け、一羽のヒヨドリが巨木で羽を休めていた。
昭和女子大生、家を建てる 3日間で3畳大の平屋建て建築 2×4協会が協力
最後の屋根の組み立てを行う昭和女子大の学生
昭和女子大学の学生が8月2日~4日、地震に強く合理的なツーバイフォー工法による実際の建築作業に挑戦した。生活科学部環境デザイン学科中山榮子教授の「枠組壁工法を用いて自分たちの手で建物を建ててみよう」プロジェクトのキャンパス内の実習で、建築を学ぶ2、3年生14人が参加。床の製作(2日)から壁の製作・立ち上げ(3日)、屋根の製作(4日)まで、フレーマーの指導を受けながら3畳大の平屋建てを完成させた。
女子大学でこのような実習を行うのは初めてで、日本ツーバイフォー建築協会(2×4協会)が建材やフレーマーの手配に協力した。
同大学では、建設業界を目指す女子学生にとって、工法や技法を学びながら、建築現場を体験する貴重な機会となると企画した。中山教授は「一人も怪我なく無事終了した。楽しそうに作業してくれたのがうれしい。楽しくなければ前に進めない。みんな建築士を目指してほしい」と語った。
同協会は、ツーバイフォー工法に関心を持ち、工法に関する理解を深めてもらうことを目的にこの種の取り組みを行っている。
完成した建物
◇ ◆ ◇
最終日の4日、取材した。作業開始は午前9時30分。朝が弱いのか、連日の作業で疲れ切っているのか、はたまた建築現場ではありえない各人各様の姿であるせいか、元気がないように映った。
大丈夫かと不安になったが、作業に入ると不安は一掃された。彼女たちは生気がみなぎっていた。フレーマーの指示に従って数人が同時に釘を打つ「カン、カン、カン」の音が周囲を圧した。指導したフレーマーは「初めてにしてはみんなよくできた。100点満点で60点」と合格点を出した。
午後4時に作業は終了。完成した建物を背景にした記念撮影では笑顔がはじけた。
作業をやり遂げた学生は「手の皮がむけた」「手に豆ができた」「場所によって釘の長さや間隔がきちっと決められているのを改めて知った」「わが家と違い、柱がないので強度が保たれることがよく分かった」などと話した。
そのそばを、カラン、コロンと爽やかな下駄の音をさせながら渋谷のイベントに参加するカラフルな浴衣姿の学生が手を振りながらたくさん通り過ぎて行った。
作業前の準備体操(左)と組み立て方法を教えるフレーマー
釘打ち作業
キャンパス内の「昭和の泉」
「女性のほうがコミュニケーション能力高い」 「じゅうたく小町」参加者の声(2017/5/31)
“女性だからこそ”安心・安全の居住環境づくりを 女性建築士が全国大会(2015/3/2)