住宅セーフティネットを考える 「住宅確保要配慮者」は400万世帯でも少ない
厚生労働省、国土交通省、法務省による第1回「住宅確保要配慮者に対する居住支援機能等のあり方に関する検討会」(座長:大月敏雄・東京大学大学院工学系研究科教授)が行われたのをきっかけに、住宅セーフティネットについて改めて考えてみた。
まず、「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律」(セーフティネット法)で定める「住宅確保要配慮者」とは何かについて整理する。
「住宅確保要配慮者」とは、①低額所得者(月収15.8万円以下)②被災者(発災後3年以内)③高齢者④障害者⑤子ども(高校生相当まで)を養育している者のほか⑥住宅の確保に特に配慮を要するものとして、外国人のほか中国残留邦人、児童虐待を受けた者、ハンセン病療養所入所者、DV被害者、拉致被害者、犯罪被害者、矯正施設退所者、生活困窮者、海外からの引揚者、新婚世帯、原子爆弾被爆者、戦傷病者、児童養護施設退所者、LGBT、UIJターンによる転入者なども該当するとされている。
国土交通省などの資料によると、①低額所得者(月収15.8万円以下)は約1,300万世帯②被災者(発災後3年以内)は約5,800世帯③高齢者は1,889万世帯④障がい者は約411万世帯⑤子ども(高校生相当まで)を養育している者は約1,147万世帯⑥障害者90万世帯、外国人240万人、生活保護受給世帯160万世帯。このほかセクシュアル・マイノリティ(LGBT)は人口の7~8%と言われている。
このマクロデータからは「住宅確保要配慮者」は見えてこない。低額所得者や高齢者であっても住宅に困っていない世帯は相当数にのぼっているからでもあるのだが、「高齢者」「外国人」「障がい者」を理由に入居を拒否しようとする大家、それを容認する仲介不動産会社には特権的な権限が付与されているわけでもないにも関わらず、全国のコンビニ約57,000店舗の2倍以上もある約13万の宅建業者に生活・住宅困窮者対策の一端を担わせようとする国と、賃貸料の滞納の心配がないセーフティネット住宅は大家・不動産会社にとっても大きなメリットがあり、その利害関係が複雑に絡み合っていることが実態を見えづらくしている。もう少し具体的にいろいろなテータを見てみよう。
令和2年の国勢調査によると、わが国の世帯数は5,583万世帯で、学校の寮・寄宿舎、病院・療養所などの入院者、社会施設の入所者などが居住する「施設などの世帯」を除く「一般世帯」を所有関係別にみると、「持ち家」が3,372万世帯(全体の61.4%)ともっとも多く、「民営借家」は1,633万世帯(29.7%)、「公営の借家」は190万世帯(3.5%)、「給与住宅」は155万世帯(2.8%)、「都市再生機構・公社の借家」は75万世帯(1.4%)となっている。
総務省の平成30年の住宅・土地統計調査によると、住生活基本計画に定める最低居住面積水準未満(単身25㎡、2人30㎡、3人40㎡、4人50㎡)以下の世帯は全世帯の6.6%、353万世帯で、所有関係別でみると持ち家は10.3%、民営借家は18.5%となっている。最低居住面積水準未満の80.0%を民営借家が占めている。
民営借家1,530万戸の世帯人数は2,641万人、1住宅当たりの延床面積は45.57㎡(持ち家は119.91㎡)。単純計算すると1戸当たり居住人数は0.73人となり、空き家が多いことをうかがわせる。空き家は845万戸(空き家率13.6%)で、「賃貸用の住宅」が433万戸(総住宅数に占める割合6.9%)、民営の空き家は360万戸、空室率は23.6%だ。
総務省の調査には面白いものもある。総数670万世帯の家計を支える者の通勤時間を所要関係別、延べ床面積別、建て方別に調べたもので、全体では1時間未満は86.9%(自宅・住み込みは0.9%、1時間以上は12.9%)となっている。
持ち家は、総数218万世帯のうち通勤時間1時間未満は81.2%で、自宅・住み込みは0.9%、1時間以上は18.6%。延べ床面積70~99㎡では、1時間未満は77.8%と低く、逆に1時間以上は21.9%を占めている。
民間借家はどうか。総数367万世帯のうち延べ床面積が29㎡以下の比率は25.4%(持ち家は6.6%)で、通勤時間1時間未満は89.5%、自宅・住み込みは0.6%、1時間以上は10.6%。延べ床面積70~99㎡では1時間以上が13.5%となっているように、面積が増えると通勤時間も増える傾向を示している。
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令和2年の国勢調査によると、「ひとり親と子供から成る世帯」は500万世帯(全体の9.0%)で、うち子どもが15歳未満は131万世帯だが、厚生労働省が令和3年11月に実施した「全国ひとり親世帯等調査」結果は母子世帯と父子世帯〝差〟が浮き彫りにされている。
世帯数は、母子世帯が119.5万世帯(母の平均年齢41.9歳)に対し、父子世帯は14.9万世帯(父の平均年齢46.6歳)。一桁異なる。ひとり親世帯になった理由は、母子世帯は離婚が79.8%、死別が5.3%、父子家庭は離婚が69.7%、死別が21.3%。
就業状況は、母子家庭が86.3%、父子家庭が88.1%とそれほど差はないが、うち正規職員・従業員では母子家庭が48.8%、父子家庭は88.1%、うちパート・アルバイトは母子家庭は38.8%、父子家庭は4.9%となっている。
世帯の平均年間収入(同居親族を含む世帯全員の収入)は母子家庭が373万円で、父子家庭が606万円。国民生活基礎調査による児童のいる世帯の平均所得を100として比較すると、母子家庭は45.9、父子家庭は74.5となっている。
養育費の取り決め状況は、「取り決めをしている」が母子世帯で46.7%、父子世帯で28.3%となっており、取り決めをしていない理由は、母子世帯では「相手と関わりたくない」がもっとも多く34.5%、次いで「相手に支払う意思がないと思った」が15.3%で、「相手に支払う能力がないと思った」が14.7%。
一方、父子世帯では「自分の収入等で経済的に問題がない」が22.3%ともっとも多く、「相手と関わりたくない」が19.8%、「相手に支払う能力がないと思った」が17.8%となっている。(この問題に深入りしないが、〝愛と憎しみは紙一重〟ととうことか。自由に別れられ、再婚できる環境を整備すべきだ)
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国土交通省の平成30年の「住生活総合調査」では、持ち家への住み替え意向を持つ子育て世帯の課題のトップは「資金・収入の不足」で、子どもの年齢にかかわらず64.4~71.3%(全世帯平均は63.6%)に達している。借家への住み替えを希望している子育て世帯もほぼ同様で、「資金・収入の不足」「希望エリアの物件が不足」を課題にあげている。
借家における住居費負担に対する評価を見ると、「ぜいたくはできないが、何とかやっていける」が52.1%ともっとも多く、次いで「ぜいたくを多少がまんしている」が23.1%、「家計にあまり影響がない」が16.7%、「生活必需品を切りつめるほど苦しい」が8.1%となっている。
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令和5年3月現在、住宅扶助を受けている世帯は被保護世帯全体約164万世帯の85.9%に当たる約141万世帯となっている。
支給に当たっては家賃限度額が定められており、東京23区(1級地)の単身は53,700円、2人世帯は64,000円だ。大半のセーフティネット登録住宅が郊外部であることからも分かるように、この額で借りられる23区の賃貸マンションは足立区などごく一部に限られるはずだ。つまり、生活保護世帯は居住地を自由に選べないという問題がある。
居住地が自由に選べないのは生活保護世帯に限ったことではない。23区の新築分譲マンション坪単価は300万円を突破しており、10坪(33㎡)で3,000万円以上、20坪(66㎡)で6,000万円以上だ。世帯年収500万円台の取得限界を超えている。安価で良質なマンションを購入できる層もまた限られている現実がある。
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以上、住宅セーフティネットを巡る現状について書いてきたが隔靴掻痒。いろいろなデータから平均値をはじき出しても実態に迫ることは容易ではない。
とはいえ、当初、国土交通省が令和3年3月末の目標としていたセーフティネット登録住宅数17.5万戸は圧倒的に少ないといわざるをえない。
民営借家1,633万世帯から最低居住水準未満の282万戸と、基本性能・設備仕様が劣り、老朽化や間取りの陳腐化などによって市場競争力を失った空き家360万戸(国が買い取り補修して貸し出すのも一法だとは思うが)を除いた約990万戸(世帯)を対象とし、住宅困窮者の実態に照らし合せれば、セーフティネット住宅の目標戸数は400万戸くらいに設定すべきではないか。
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今回の記事を書くにあたって、平山洋介・神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授(当時)の著書「マイホームのかなたに」(筑摩書房、2020年3月刊)と「『仮住まい』と戦後日本」(青土社、2020年刊)を参考にさせていただいた。
平山教授は「マイホームのかなたに」で次のように指摘している。
「留意すべきは、多彩な『カテゴリー』を『列挙』すればするほど、住宅セーフティネットの対象が『特殊』で、その構築が普遍性を持つ施策ではないことを示唆する効果が生まれる点である。住宅確保要配慮者の長大なリストの作成は、住宅困窮の範囲を拡大するのではなく、むしろ狭め、セーフティネット政策に『ピースミール・アプローチ』を当てはめる意味を持つ」(233ページ)
「住宅困窮を『カテゴリー』化する技術は、住宅政策のあり方についての論議を『階層化』『不平等』『再分配』などのコンセプトから遠ざけることで、〝脱社会化〟し、さらに〝脱社会化〟する(平山2017)。重視されるのは、貧困者、ホームレスの人たち、DV被害者などの住宅改善にどのように対応するのかというテクニカルな問いである。それは、住宅システムの市場化を『自然化』する力と表裏一体の関係をつくる。ここでの関心は、『階層化』社会における『不平等』と『再分配』ではなく、均質かつ広大な市場空間の『内』に参加できず、『外』に排除された『特殊』かつ多様な『カテゴリー』の人びとに対する『ピースミール・アプローチ』の工夫に向けられる。住宅問題の研究者と専門家、さらに運動家の一部は、障害者、母子家庭などの『カテゴリー』ごとに細切れになったグループの住宅状況とそれへの対策の技法に関する専門的な検討に専念し、住宅困窮の社会・政治力学に対する興味を失うように導かれる」(同書234~235ページ)
平山教授は「『仮住まい』と戦後日本」で次のように述べている。
「住宅セーフティネット法の2017年改正に向けて…『救済に値する』人たちの範囲をいわば極限にまで狭める方向が示された。事務局(国土交通省住宅局)の試算によると、住宅確保要配慮者は、約28万世帯であった…最低居住面積水準未満『または』高家賃負担の世帯数を計算すると、収入分位25%以下では277万、同25~50%では65万、計342万になる。『かつ』と『または』では、セーフティネットの対象の規模に12倍以上もの差がある」(同262~263ページ)とし、「最低居住面積水準未満『かつ』高家賃負担のグループは、『または』の場合に比べ、極めて小さくなる。このトレードオフを利用した住宅確保要配慮者の量の試算は、巧妙であった」(同263ページ)
平山教授の指摘は正鵠を射ていると思う。検討会では、セーフティネット住宅の5年間を総括し、その政策は正しかったのか、セーフティネット住宅の質について論議していただきたいし、登録住宅848,846戸をどう評価するのか、空室率2.3%の意味するものは何か、なぜ大東建託など一部の管理会社による登録が突出しているのか、「大家の安心」も大事だろうが、住宅困窮者の声も反映してほしい。
そもそも、人口が加速度的に減少し、グローバル化している社会にあって、1世紀も昔の賃貸住宅契約を墨守し、〝入居を拒んでも〟経営が成り立つ民間賃貸住宅市場は普通ではない。この問題にも踏み込んでほしい。
問題山積 要配慮者の居住支援 大家の安心、安否確認、支援法人などテーマ(2023/7/4)
ユニソン「防災トークセッション」に170名/AIの文字起こしは凄いが課題も
ユニソンは7月14日、リアル・オンラインによる「防災トークセッション」を開催した。リアル会場は同社「コミュニティスペース大阪『玄と素(くろとしろ)』で、ポラスタウン開発が開発・分譲している「ディスカバリープロジェクト東武動物公園コネクト・コミュニティ」の事例を取り上げ、企画段階から関わっている同社の広報企画部部長代理・鷲津智也氏、ポラスタウン開発企画設計リーダー・内田里絵氏、NPO法人日本防災環境事務局長/理事・加藤愛梨氏がそれぞれ力を入れた点、今後の展開などについて語り合った。記者はオンラインで視聴した。
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定員はリアルが20名、オンラインが150名。参加者はどのような方か分からなかったが、中身は、記者も取材したポラスの分譲戸建て「東武動物公園」でのハード・ソフトの取り組みの紹介が中心だったので、まずまず理解できた。
苦労話なども紹介されたが、モデルハウス来場者など一般のお客さんの反応はどうだったか、「防災」や「環境」をテーマにしたマンション、分譲戸建ては少なく(そもそもこれらを全面に押し出してもなかなか販売促進につながらない)、どうしたらいいかを聞きたかったのだが、突っ込んだ話し合いはなかったのはやや残念だった。
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オンラインでは、トークセッションの会話がその場で文字起こしされ、パソコン画面に表示された。この種の文字起こし同時画面表示は初めて経験することなので、正確に変換されるかどうかに注目した。
話し言葉が瞬時に文字に変換されるのにびっくりした。記者発表会場にパソコンを持ち込み、話す人の言葉をそのまま打ち込む記者の方が増えているが、AIもまた同等の、あるいはそれ以上の能力の持ち主であることが分かった。凄いというほかない。
しかし、一方で、信じられないような誤変換も目立った。以下に列挙する。( )内が誤変換。
日本(二本)、地震(自信)、NPO(NBO)、日本列島(二本列島)、スパン(スポンジ)、火の回り(日の周り)、複層ガラス(服装ガラス)、公助(控除、公道)、分譲(文章)、鷲津(和地図、和室)、駅前広場(一枚広場)、ポラスタウン開発(プラスタウン開発、プラス端開発)、全棟(前進)、外構計画(外交計画)、分譲地(分庁地)、自助(次女)、DINKS(リンクス)、相乗効果(症状効果)、ブロック塀(ブロック上)、テロ(ゼロ)、東武動物公園(トップ動物公園)、避難(非難)、太鼓判(太鼓盤)、ご尽力(ご人歴)、主導(手動)…。
書き出したらきりがないほど誤変換があった。なぜ、誤変換が起きるかを考えた。一つには、同音異義語が多いことだ。これらは課題ではあるが、やむを得ない。
例えば「全棟」。記者のパソコンも「ぜんとう」と打ち込むと「全島」「全党」「前頭」「全灯」などに変換されるので、「ぜんむね」と打ち込むようにしている。そうすると、きちんと「全棟」に変換される。
「東武動物公園」などの固有名詞もそうだ。「とうぶどうぶつこうえん」とAIが認知すれば誤変換は起こらないだろうが、「とうぶ」「どうぶつ」「こうえん」をそれぞれ別々に認知すれば、「とうぶ」は「東部」「頭部」に、「こうえん」は「公演」「講演」「後援」に変換されることはありうる。
もう一つは、話す人の言語が不明瞭であることだ。これはAIだけの責任ではない。先の「東武」を「トップ」とAIは認識したのだろうし、「テロ」は「ゼロ」と聞き違えたのだろう。
ただ、前後の文脈からしたら間違えようがないはずなのに、「日本列島」が「二本列島」に、「地震」が「自信」に、「公助」が「控除」に、「避難」が「非難」などに変換されたのはいささか驚いた。現行のAIの知識では文脈を考えて正確に変換する能力がないということだろう。
10年以上使役させているわがパソコンは学習能力が高いのか、小生にこびへつらっているのか、それとも嫌味なのか分からないのだが、「コロナ避ける」の「避」を「酒」に、「名前を知らない魚」の「魚」を「肴」に、「肝心なのは愛」の「愛」を「哀」に変換した。「ビールを飲んだ」あとに「ビル工事」と書いたら、「ビル」に文字チェックが入った。
感心したのは、「えー」「そのー」「あのー」などの無機能語は変換されないケースも多かったことだ。これは凄い。
全体的な評価は、先に書いたようにやはり凄いということだ。AIが打ち出された文章を編集したら、ほとんどミスのない原稿が仕上がるはずだ。メモを取る手間が省けるし、録音を何度も再生しながら記事を書くのと比べれば、その仕上がりスピードは数倍速い。文字起こしした文章をChatGPTに校正・編集させたら完璧な文章に仕上がる。
可視化難しい「防災」「コミュニティ」「環境」に挑戦 ポラス「東武動物公園」(2023/6/16)
ハウスメーカー初の水素住宅実証実験 2025年夏の実用化目指す 積水ハウス
積水ハウスは7月14日、株式会社は、住宅メーカー初の水素住宅の2025年夏の実用化を目指し、2023年6月から同社総合住宅研究所で実証実験を開始したと発表した。
太陽光発電による再生可能エネルギーの電力を用い、自宅で水素をつくり、住宅内の電力を自給自足するもので、①日中は自宅の屋根の太陽光発電パネルでエネルギーをつくり消費②太陽光発電の余剰電力で水を電気分解して水素をつくり、水素を水素吸蔵合金のタンクで貯蔵③雨の日などの日射不足時や夜間は貯蔵した水素を利用して燃料電池で発電する。
6月の成約件数3か月ぶりに増加 成約単価・価格の上昇続く 首都圏中古マンション
東日本不動産流通機構(東日本レインズ)は7月10日、首都圏の2023年6月の不動産流通市場動向をまとめ発表。中古マンションの成約件数は3,111件(前年同月比3.6%増)となり、3か月ぶりに前年同月を上回ったほか、成約坪単価は238.5万円(同7.9%上昇)となり、20年5月から38か月連続、成約価格は4,610万円(同9.0%上昇)となり、20年6月から37か月連続で上昇。専有面積は63.79㎡(同1.0%増)となった。
中古戸建の成約件数は1,138件(同0.6%減)、成約価格は3,750万円(同1.9%下落)、土地面積は140.86㎡(同4.5%縮小)、建物面積は103.77㎡(同0.7%縮小)。
野趣に富むジョコビッチの赤・白ワイン試飲会にジヴェリ(乾杯)! セルビア大使館
セルビアワイン先行試飲会(セルビア大使館で)
世界的プロテニスプレイヤー・ジョコビッチの親族が経営するワイナリーから初入荷したワインなど10銘柄を味わえるセルビアワイン先行試飲会が7月7日夕、港区高輪のセルビア大使館で行われた。定員30名は満席で、ワインのほかセルビアの郷土料理も振舞われた。主催者は、Makoto Investments(マコトインベストメンツ)Monde Delicious(モンドデリシャス)事業部。
来賓として出席したアレクサンドラ・コヴァチュ特命全権大使は、「こんばんは。セルビアのワインは古代から生産されており、伝統的な技法による個人ワイナリーが多いのが特徴で、ここ20年間はルネッサンスとも呼ぶべき繁盛記を迎えている。最近では世界最大のワインコンクールで第6位に入賞した」と日本語であいさつした。
元セルビア大使で日本セルビア協会副会長・角﨑利夫氏は、「最近は個人ワイナリーが素晴らしいワインを生産している。本日はジョコビッチを始め固有種であるシラー、プロクパッツ(赤)、タミヤニカ(白)も楽しめる。ジヴェリ(乾杯)!」と乾杯の音頭を取った。
初入荷したのは、赤の「ジョコビッチ シラー2020」と白の「ジョコビッチ シャルドネ2021」の2銘柄と「シラ2021」。「ジョコビッチ」はいずれも通常価格¥9,900(税込み)。「シラ」は通常価格3,080(同)
「ジョコビッチ シラー2020」は、セルビアの固有種シラー100%。「深いルビー色に、ブルーベリー、ブラックベリー、プラムなど黒系果実味溢れる強めの香りにバニラ、タバコ、シダーといった、上品な樽由来の香りが加わります。口に含むとタンニンの特徴がはっきり捉えられますが、ソフトで余韻も楽しめる」というのが触れ込み。
「ジョコビッチ シャルドネ2021」は、シャルドネ100%を使用。「乾燥アプリコット、梨、リンゴの香りと風味に、樽由来のトースト、柔らかなバニラのニュアンス…クリーミーで余韻も長く、芳醇でリッチな白ワイン」とある。
記者が試飲会に参加するのは、2017年11月に行われたのに続く2度目。第三企画代表・久米信廣氏が1990年代から続いたセルビア国内の民族対立と経済の疲弊により、多くの子どもたちが厳しい状況に置かれていることに心を痛め、CSR活動の一環として子どもに学用品を贈呈したり、アーティストに対する支援活動を行ったりしている縁で取材&参加したもの。
アレクサンドラ・コヴァチュ特命全権大使(左)と角﨑氏
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「Dobro veče(ドゥヴゥロヴェーチェ)!」「Zdravo(ズドラーヴォ)!」-記者は会場に入るなり、大きな声で叫んだ。狂人が紛れ込んだと勘違いしたのか、若い日本人女性は記者から逃げた。しかし、セルビアの方々は「Dobro veče(ドゥヴゥロヴェーチェ)!」「Zdravo(ズドラーヴォ)!」と微笑を返してくれた。「こんばんは」「こんにちは」が通じたのだ。
試飲会では、近くの日本人女性から「わたしはもっぱら白で、赤は飲まないのですが、このジョコビッチの赤はとても美味しい」と、白を飲んでいた記者に声を掛けられた。
「わたしもそうです。赤は甘ったるいイメージが強く、ほとんど飲みません。そうですか、そんなに美味しいですか。飲んでみます」(「赤玉ワイン」は馴染めなかった)
早速、ジョコビッチの赤を飲んだ。白もそうだが、一言でいえば「野性的」「ワイルド」。野趣に富み、渋み、苦みがかなり強い。わが国の泡盛をはじめスコッチ、バーボン、ウォッカ、テキーラ、馬乳酒(記者は〝処女の酒〟と名付けた)-これらはみんな「野性的」「ワイルド」だ。これぞ酒だ。
その女性と名刺も交換した。「Flute」の肩書の吉川久子さんだった。しばし歓談し、「今日は七夕。わたしのアルバム『セルビアの思い出』をあげます。わたしが作曲した『セルビアの思い出』のほか『セルビアの子守歌 たなばたさま』など10曲を収録したものです」とCDを頂いた。
吉川さんは、東日本大震災でセルビアから支援を受けたのをきっかけに、ベオグラードなどでコンサートツアーを行っているそうだ。
会場にはもう一人、記者の目を射た女性がいた。ドレスも靴も何から何までワインレッドに包まれていた。声を掛けた。
「赤ワインがこぼれてもいいように」赤で統一したそうで、名刺には「株式会社秋山 代表取締役 ピアニスト(作曲・編曲)秋山治野」とあった。
吉川さんの衣服は「白」、秋山さんは「赤」。この日の試飲会にピッタリのアーティストだ。
前回の試飲会同様、しこたま飲んだ。飲みはしたが、セルビア(旧ユーゴスラビア)の作家ダニロ・キシュ(1935~1985)の「若き日の哀しみ」(山崎佳代子氏訳、東京創元社刊)を忘れることはなかった。キシュは「祖国のために死ぬことは名誉」で「歴史は勝者が書く。伝承は民衆が紡ぎ出す。文学者たちは空想する。確かなものは、死だけである」(同「死者の百科事典」所蔵、119ページ)と書いている。
翌日、冴えた頭で頂いたCDを聴いた。「ドナウ川のささなみ」は若いときによく聴き、はらはらと涙した曲だが、「セルビアの思い出」にもまた胸を締め付けられた。切ない曲だ。ジョコビッチの白にも赤にもあう。
左端が吉川さん、3人目がコヴァチュ氏
秋山さん
秋山さん(左)と吉川さん
以下、参加者の皆さん
セルビア固有品種のブドウから作られたワイン 日本に輸入決定 「ジヴェリ(乾杯)」(2017/11/24)
悲しい歴史を巧みなレトリックで描く キシュ「若き日の哀しみ」(2015/4/11)
問題山積 要配慮者の居住支援 大家の安心、安否確認、支援法人などテーマ
厚生労働省、国土交通省、法務省による第1回「住宅確保要配慮者に対する居住支援機能等のあり方に関する検討会」(座長:大月敏雄・東京大学大学院工学系研究科教授)が7月3日行われた。
検討会は、①住宅確保要配慮者のニーズに対応した住宅を確保しやすくする方策②住宅確保要配慮者が円滑に入居でき、かつ適切な支援につなげるための方策③入居後の生活支援まで含めた、住宅確保要配慮者に対する居住支援機能のあり方④大家等が安心して貸せる環境整備のあり方-を検討するのが目的で、今後4度の会合を開き、今年秋ごろを目途に中間とりまとめ(案)として発表する予定だ。会合で各委員がそれぞれ4分間意見を述べた。以下、発言順に紹介する。
井上由起子氏(日本社会事業大学専門職大学院教授)大家が安心して貸せる市場、入居者の連絡先、安否確認、入居後の居住支援など福祉サービス、セーフティネット制度の仕切り直しが必要
常森裕介氏(東京経済大学現代法学部准教授)要配慮のニーズは多様化している。生活と住まいを一体として支援していくため、法が求めている目的に照らし合せ、居住支援法人や利用者の状況などの情報を開示する必要がある
中川雅之氏(日本大学経済学部教授)欠席
三浦研氏(京都大学大学院工学研究科教授)協議会、居住支援団体・法人の半分が赤字、ボランティアを強いられている。きちんと財源を確保し、緊急時には公営住宅を活用できるようにすべき
矢田尚子氏(日本大学法学部准教授)大家が安心して貸せる市場は確立されているのか。死後の残置処理など新たな制度も必要
奥田知志氏(全国居住支援法人協議会共同代表副会長)住宅のハコとソフトを一体化するため、各省庁が連携して横櫛を入れ、プレーヤーが赤字を出さなくても済むようなビジネスモデルの構築に期待したい
早野木の美氏(日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会主任研究員)消費者センターでは2,200名のスタッフが対応しているが、消費者の相談ごとをどこに紹介していいか分からない。600か所ある相談窓口とうまく連携できないか
荻野政男氏(日本賃貸住宅管理協会常務理事)外国人の居住支援を中心に研究してきたが、最近は高齢者の居住支援にも力を入れている。エリアマネジメント手法の導入、家賃債務保証制度の確立も必要
岡田日出則氏(全国宅地建物取引業協会連合会理事)当協会は会員10万超を擁するが、要配慮者の情報が不足しており、共同生活になじめるかも不明。居住支援法人の赤字は限界
三好修氏(全国居住支援法人協議会共同代表副会長、全国賃貸住宅経営者協会連合会前会長)オーナーは高齢化しており、お金を掛けなくて貸したいという意向が強い。そのため、高齢者や外国人に貸すことに躊躇する。生活保護費プラスアルファ―の支援の仕組みが必要
出口賢道氏(全日本不動産協会常務理事)川崎市で死後1か月以上経過した高齢者の死亡事例があった。処理するのに50万円。どうしたらいいか、頭を抱えている
金井正人氏(全国社会福祉協議会常務理事)コロナ禍の特例貸付額1兆5,000億円のお金を配るのに精いっぱい。要配慮制度は大きな絵を描いて進めるべき。国の予算(国土交通省のセーフティネット住宅支援など約135億円、厚労省の生活困窮者自立支援など744億円)は適切か
稲葉保氏(全国更生保護法人連盟事務局長)刑務所出所者は大家に拒否されがちで、居住場所を確保するのに苦慮している
林星一氏(座間市福祉部参事兼福祉事務所長兼地域福祉課長)様々な給付金事業と生活支援事業の連携を図ることが必要
加藤高弘氏(名古屋市住宅都市局住宅部長)セーフティネット住宅制度の〝見える化〟が欠かせない。環境整備が必要
各氏の意見を受け、大月氏は「皆さんのご意見は広範囲にわたり、どれもが極めて重要で、ゆるがせにできない問題ばかり。しっかり精査したい」と述べた。
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2017年10月に住宅セーフティネット制度がスタートして約5年。記者は5年間を総括して制度設計は適切であったか、問題点、課題はどこにあるかなどが論じられものと期待していた。前段で各委員の意見を紹介したように、また、大月座長も「どれもが極めて重要」と語ったように問題は山積していることが分かった。
しかし、率直な感想を述べれば期待外れ。セーフティネット登録住宅は確実に増加しているものの、公表されているのはマクロデータのみで、詳細なデータは示されておらず、居住者の属性は杳としてしれない。
国土交通省の資料によれば、セーフティネット登録住宅の住戸の床面積は30㎡未満が7%あり、50㎡未満は58.2%、60㎡未満は実に92.2%に達している。居住人数は不明だが、国が定める最低居住水準、誘導居住水準を確保しているのかどうかを知りたい。
家賃については、5万円未満住宅が全国では19%、東京都では1%とあるのみだ。家賃と広さは切り離せない。せめて坪賃料くらい示してほしい。
建て方についても、戸建ては0.1%しかなく、ほとんどが共同住宅なのはなぜかもその理由を知りたい。
約86万戸の登録住宅の空室率は2.3%というのは信じられない数字だ。登録住宅の詳細なデータはないので想像するほかないのだが、市場競争力のない遠隔物件、老朽化した質の劣る木造アパートの比率は高いはずで、にもかかわらず空室率が低いのは、要配慮者のニーズがそれほど高いのか、それとも〝近傍同種家賃〟のお陰、家賃補助(生活保護世帯などは支給額から天引きされているはずだから、結局は大家保護)があるためか。憲法が保障する「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」とどう整合するのか。
このような本質に迫る論議を期待したいのだが、流れからしたら今後の会合でもこれらについて丁々発止の論戦が展開されそうもない。「大家の安心」「安否確認」「残置処理」などか中心になるのではないか。
最後に、摂南大学現代社会学部教授・平山洋介氏の著「『仮住まい』と戦後日本」(青土社、2020年刊)の一文を紹介する。
「生活困窮者の住む場所の確保に関し、政府および自治体は、民間セクターに依存し、公的資金の使用を抑えようとする。このため、住宅・施設の建物の状態を改善・維持するために、行政が用いる手法は、もっぱら規制になる。ここから生じるのは、規制を緩めると、住宅・施設が劣化し、規制を強めると、住宅・施設の維持に必要なコストが増え、困窮者の住む場所を保全できないという矛盾である。そして、行政それ自体が、生活困窮者の受け入れ先として、制度上の定義が明確とはいえない、民間セクターのローコストかつ劣悪な住宅・施設を利用してきた点に注意する必要がある」(330ページ)
セーフティネット住宅 登録件数が激増 制度の前進と受け止めていいのか(2023/6/29)
賃料は歩合制 全国から想定の2倍の応募 三菱地所 人形町に飲食横丁「ハシゴ楼」
「M’s CROSS(エムズクロス)人形町」
三菱地所は7月6日、「ハシゴ酒×楼閣」がコンセプトの飲食横丁「ハシゴ楼」を都市型商業施設「M’s CROSS(エムズクロス)人形町」(10階建て)内の1~5階にオープンする。3日、施設が報道陣に公開された。市場規模も4~5倍だろうから当然なのだろうが、内覧会にはマンション見学会の数倍の報道陣が駆けつけていた。
「M’s CROSS人形町」は、東京メトロ日比谷線「人形町」駅徒歩1分、中央区日本橋人形町1丁目の人形町交差点に面する10階建て敷地面積約281㎡、延床面積約1980㎡。設計はIAO竹田設計。施工は村中建設。
「ハシゴ楼」は「ハシゴ酒×楼閣」を掛け合わせたもので、「花鳥風月」をテーマにした内装で、1階は「序」(明けの空)、2階は「花」(華やか)、3階は「鳥」(賑やかさ)、4階は「風」(風流)、5階は「月」(月夜の心地よさ)。1フロア3~4店舗。1店舗当たり7坪が中心。総店舗数は18店舗。完全キャッシュレス、オープンカウンター。
コロナ禍を受けて従来の計画を変更、内装・内装造作のほとんどを同社が負担して飲食店の出店コスト低減、賃料は固定費を抑え、歩合制を採用しているのが特徴。
内覧会で人形町商店街協同組合理事長・柴川賢氏は「土地はシャッターが閉まっていたところ。街はオフィス、マンションが増えており、コロナを経て観光地としても賑わいを取り戻しつつある。益々の発展を期待している」と挨拶。
同社河賢男氏は「狭小敷地を対象にした都市型商業施設は2017年の第1号から3物件目。当初は1フロア1店舗、内装はテナント負担を計画していたが、コロナの影響を受けて見直し、当社が内装を負担、賃料も固定費を抑え、売り上げによって変動する歩合制に切り替えた。リーシングも公募にしたところ、テナントの初期費用、リスクが軽減できることから全国から反響があり、想定の2倍の応募があった。当社とテナントが一心同体の新しいスタイルの運営を行っていく。年間約15万人が集客目標」と語った。
柴川氏(左)と河氏
内観
「ハシゴ楼」外観
◇ ◆ ◇
この種の商業施設は、野村不動産の「GEMS」を見学・取材したことがあるが、1フロアに3~4店舗、1店舗7坪平均というタイプは初めてで、オープンカウンター、キャッシュレスというのも記者はやや抵抗感がある。タバコを吸えないのは難点だと思ったが、1~5階利用客でも6階の喫煙所が利用可能のようだ。
値段が高いのか安いのか、これは利用者の懐具合。5階のすし屋「すし其一」で記者の好きな「こはだ」を一貫(380円だったか)握ってもらって食べた。回転寿司のそれとは全然異なり、とてもおいしかった。人形町には目が飛び出るような高額のすし屋が多いが、ここは一人1万円以下で十分楽しめそうだ。
4階の「オイスタースタンド人形町」の生ガキは690円。生ガキは大好きで、以前は10個くらい食べていたが、もう食べられない。生ガキの値段は最近べらぼうに高くなっているようだ。
1階の「スタンドクレイジークラフトビア」では、コロナ禍で覚えた「せんべろ」メニュー(1,500円)を注文した。お金を払おうとしたら、ただで飲ませてくれた。ハーフのビールは500円。記者などはこれでは物足りず、パイント(800円)で2~3杯は飲むだろうから、3,000円くらいになりそうだ。この前、越谷のバルでビール2杯と生ガキ1個を食べたら2,500円(頼みもしないお通しが500円)だった。
4階の「風」(風流)
5階のすし屋「すし其一」
1階の「スタンドクレイジークラフトビア」
「スタンドクレイジークラフトビア」の「せんべろ」メニュー(つまみは2種選べる)
セーフティネット住宅 登録件数が激増 制度の前進と受け止めていいのか
国土交通省などは7月3日、「住宅確保要配慮者に対する居住支援機能等のあり方に関する検討会」(第1回)を開催する。視聴を申し込んだのだが、その前に「セーフティネット住宅」の登録件数を調べたら、この1年間で10万件くらい増加し、2023年3月末で全国の登録住宅戸数は848,846戸となっている。都道府県別では愛知県がトップで66,524戸。2位は東京都の5,1039戸、3位は埼玉県の50,748戸。
「セーフティネット住宅」については、摂南大学現代社会学部教授・平山洋介氏(当時、神戸大学 人間発達環境学研究科教授)は「世界」(岩波書店、2021年5月号)の「これが本当に住まいのセーフティネットなのか」と題する論文の中で「『住宅セーフティネットとは大東建託物件のこと』といっても、それほど過言ではない」とし、住宅確保要配慮者のみを対象とする専用住宅は登録住宅全体のわずか1.3%しかないと指摘。「住宅セーフティネットは-少なくとも現在の制度では-住宅困窮への対応に関し、ほとんど役に立ちそうにない」と述べている。
この指摘は「検討会」でも話題になるのか、登録件数の激増はセーフティネット住宅制度の前進と受け止めていいのか、近傍同種家賃は質を担保できるのか、愛知県が都道府県別でトップなのは大東建託の発祥の地であることと関連はあるのか、しっかり視聴したい。
週刊全国賃貸住宅新聞の「2022年 管理戸数ランキング1083社」(2022年8月15日発行号)では、大東建託グループの2022年3月末の居住用管理戸数は120万2,245戸となり、26年連続トップという。
首都圏 単身者タイプ(25㎡)の賃貸坪賃料は1万円以上 長谷工ライブネット調査(2019/10/26)
激増セーフティネット住宅 1年で政府目標の2.8倍 大東建託がけん引/必読の平山論文(2021/7/21)
要諦は「名前」を覚えること 「推しの木図鑑」と「5本の樹」計画に期待
野村不動産と埼玉大学の共同研究・開発の成果でもある「推しの木図鑑」に関連することだが、記者は積水ハウスの「5本の樹」計画を以前から注目している。2001年に始まったもので、〝3本は鳥のため、2本は蝶のために、地域の在来樹種を〟という思いを込め、地域の気候風土・鳥や蝶などと相性の良い在来樹種を中心とした植栽にこだわった庭づくり・まちづくりの提案だ。
この「5本の樹」計画は、同社と琉球大学理学部久保田研究室・シンクネイチャーが2021年に発表した「ネイチャー・ポジティブ方法論」に結実した。同社が20年間に植栽した樹木本数・樹種・位置情報の蓄積データを分析し、定量的な実効性評価を可能にしたもので、生物多様性の劣化が著しい三大都市圏の在来種は約10倍に、鳥の種類は約2倍に、蝶の種類は約5倍に増加したことが確認できたというものだ。そして、1977年の三大都市圏の樹木・鳥・蝶の種数、多様度指数、個体数を100%とし、今後日本で新築される物件の30%に「5本の樹」計画が採用された場合、その回復効果は84.6%まで上昇すると予測している。
同社に問い合わせたら「5本の樹」計画による植樹本数は2022年度(2023年1月31日現在)、累計1,900.3万本、植栽プレートは672,700枚(約67万枚)とのことだ。
植樹本数の多さは、わが国の街路樹本数が約670万本(高木)ということと比較してもいかに多いかが分かる。植栽プレートの植樹樹木に対する設置比率3.5%をどう評価するかだが、国内で唯一「植物名称の基準書」に準拠したラベルメーカー・アボック社のホームページには「植物名ラベル納品実績 全国500万枚」とあるように、積水ハウスの実績は少なくないといえるのではないか。
野村不動産・埼玉大学の「推しの木図鑑」も積水ハウスの「5本の樹」計画も〝全国区〟になることを期待したい。その要諦・肝は涌井史郎氏が言った「木の名前と虫の名前と鳥の名前を覚えると、一歩、歩くごとに人生3倍楽しくなる」-つまり名前を覚えることにあるような気がしてならない。
読みだすと止まらない あらゆる関係者にお勧め 野村不&埼大「推しの木図鑑」(2023/6/24)
ネガティブにならざるをえない 無残な街路樹 ネイチャー・ポジティブを考える(2021/11/27)
田舎の原風景を見た 積水ハウス「新・里山」(2010/4/8)
読みだすと止まらない あらゆる関係者にお勧め 野村不&埼大「推しの木図鑑」
授業風景(流山市立北小学校6年生)
野村不動産と埼玉大学が、持続可能な街づくりの取り組みとして共同開発した、小学生向け授業プログラムとそれをもとに行った授業の成果を1冊の本にまとめた「推しの木図鑑」のデータを同社から送ってもらって読んだ。子どもの想像力、発想力の豊かさが溢れており、読みだしたら止まらない。下手な小説よりずっと面白い。お父さんやお母さん、地域の人たちだけでなく、文科省、都市公園や道路などの行政担当者も読んでいただきたい。
授業プログラムは、同大学教育学部生活創造講座技術分野・浅田茂裕教授の指導のもと、同大学の教育学部1年生が開発したもので、流山市立北小学校6年生3クラス122名を対象にプログラムに基づき授業を実施した。同社は2022年7月から約半年間支援してきた。
「推しの木図鑑」は、A4判150ページにわたるもので、それぞれ生徒の「推しの木」を1ページに収め、写真付きの「推しの木Profile」として紹介している。
「推しの木Profile」には「名称」のほか「レア度」、「発見者」、「出現場所」、「年齢(推定)」、「性格(推定)」、「5角形の特徴レーダーチャート(評価項目は自由記載)」、「3つの推しポイント」、「10年後への期待、「推しの木からのひと言」が手書き文字で掲載されている。いくつかを紹介する。( )は記者の感想。
まず、名称「弱そうで強い、ウッディくん」。発見者は「バズ・ライトイヤー」、出現場所は「庭」、年齢は19才、性格は「おだやか」。3つの推しポイントは「①弱そうで強いところ②葉がチクチクする③色がきれい」、10年後への期待は「この木1本で地球を支えられるくらい酸素を出してほしい。身長8m、体重660㎏」、推しの木のひと言は「大きくなっても切らないでね。木登りOK。早くお酒を飲みたい」だ。
(写真を見ても木の名前は分からないが、庭木としてよく植えられる木だ。年齢は19才とあるが、発見者は生まれていないはずなので、築後19年が経過しているのかもしれない。推しの木は「早く酒を飲みたい」と言っているが、ひょっとしたら、酒を飲みたいのは木ではなく発見者自身ではないか。記者は小学生のころから酒を飲んでいた。お父さん、飲ませてやって)
発見者「すぎやなんぼー」の名称「イケメンな、伝説の神樹ザ broly」。出現場所は「公園」、性格は「残虐無慈悲」。推しの木のひと言は「キハハハハハ…。お前たちが戦う意思を見せなければ、オレはこの星を破壊し尽くすだけだ!」と警告を発している。(日和見の記者の胸にぐさりと突き刺さった)
発見者「自身」の名称「木木樹木木」。出現場所は「この広い世界の中」、年齢は60才前後、性格は「コミュカおばけ」。3つのポイントは「①夏にさくきれいな花②子犬のようにもふもふ③あふれる包容力」とある。10年後への期待は「死ぬときも病めるときもずっと、ずーっと、愛し続けてね☆」、推しの木からのひと言は「オレの愛は重いぜ★」だ。
(6年生と言えば恋が芽生えるころだ。「自身」は女の子か、推しの木はお父さんか、それとも未来の夫か。「愛は重いぜ」が肺腑をえぐる)
発見者「ミカン」の名称「家族のように並ぶポン次郎」。年齢は17才、性格は「母性がある」。推しの木のひと言は「来年大学受験(木のみ)なのでがんばります。ちなみに、家族の長男は停太朗。バス停のところに立っています」とある。
(「ポン」は、記者のような愚か者の意味を持つ〝アンポンタン〟を思い出させ、「ミカン」は「未完」を連想させる。木に「母性」を見いだす感受性が鋭い。「停太朗」と「バス停」も何かを暗示させる)
名称「長樹」(長寿にかけているのだろう)の推しポイントは「①いつも葉がある②デカイ③いつでも見れる」とあり、10年後への期待では「記おく回ふく薬が発明されるかも? 」とあり、推しの木からのひと言は「長生きの秘決(訣)? 『それは動かないことじゃ』」。
(写真から判断してクスノキであるのは間違いない。記者の大好きな木で、この木を見ると条件反射のように葉っぱをちぎって臭いをかぐ。鎮静剤だ)
発見者「うしろの人」の名称「教科書」(理科)。出現場所は「家or学校」、年齢は2才、性格は「きらわれ者」。レーダーチャートは「きらわれ度」と「先生による好まれ度」が最大の5点、「厚さ」は4点、「好かれ度」と「使用ひんど」は最低の1~2点。3つのポイントは「①テストのはん囲がわかる②ノートをとらなくても分かる③ふく習ができる」、10年後への期待は「多分もう新しくなっている。捨てる」、推しの木からのひと言は「もっと使って」だ。
(教育関係者が読んだら驚愕するのではないか。痛烈な皮肉が込められている。花の命と同様、教科書は2年で捨てられ、好かれるのは先生だけか…先生もかわいそうではないか)
もっと書きたいのだが、きりがないのでこのあたりでやめる。
巻末で野村不動産は、「街に新しい環境をつくる仕事をしています。私たちがつくる環境が、多くの人から大切に慕われそれぞれの『私の風景』になっていくためにどんなことをすればいいかを考え続けています。
「今回の授業では、街の未来を担う小学生の目に映る、街の風景を切り取って集めてきてもいました。
推しの木を通して、小学生だからみえる街の姿、小学生だから聞こえる街の声、それぞれが大切にしている『私の街の風景』を、教えてもらうことができました」とし、浅田氏は「今度、推しの木の近くを通り過ぎるときは、ちょっと声をかけてみてください。もっと木や森が、そして街が、身近に、そして誇れるものに感じられるかもしれません」と結んでいる。
授業対象が埼玉県でなく千葉県の流山市の小学校というのも興味深い。記者は、井崎義治氏が市長に当選したとき、井崎氏がデベロッパーに興味を示されたので、街づくりに熱心なデベロッパーとして野村不動産を紹介したことがある。
その流山市にある江戸川大学の講師として環境倫理学を教えていた法政大学教授・吉永明弘氏はその著「歳の環境倫理」(勁草書房、2014年刊)で、学生に大学周辺を歩いてもらってアメニティとディスアメニティを地図上に書き込んでもらい、アメニティマップを作製することが、地域の歴史や文化、地形や生態系の情報を得るのに有効であると著している。
右が「推しの木図鑑」1ページ分
◇ ◆ ◇
「推しの木Profile」を読んでいて、気になったことが一つある。全122の「推しの木」には、具体的な木の名前はゆず、夏みかんなど数えるほどしかないことだ。写真も添付されているので、専門家ならすぐ木の名前を当てられるだろうが、記者はほとんど分からなかった。
例えば、発見者「サンタさん」のコピーライターが付けそうな、デベロッパー顔負けの名称「ザ・ツリー・マンションズ」。レア度は★三つのうち1つ、出現場所は「マンションの裏の公園」、年齢は43(?)才、性格は「少し気が荒れている」、3つの推しポイントは「①マンションの人は有名でだれもが知っている②木のぼりで遊べる③なにげなし木がきれい」、10年後への期待は「マンションの公園にもっとふえてくれ!」、推しの木のひと言は「やぁ、こんにちは!ぼくは、ふつうの木」だ。
(写真は夜間に撮ったようで、名称、発見者などからモミノキかと思ったが、樹形からしてそうではなく、ケヤキ類かと思ったが、ケヤキは登れないし、真冬でも葉っぱが茂っていることから常緑樹のカシ類か)
ことほど左様に木の名前は杳としてしれないものばかりだ。
そこで、なぜなのかを考えた。小学生の理科の教科書には動植物はたくさん出てくるが、樹木に関しては光合成の仕組みや年輪、板目・正目などの材の特徴は掲載されていても、木の名前などは習った覚えがない。このことと関連があるのではないかと。
そこで、学習指導要領を読んだ。理科については、「人の生活が環境に及ぼす影響を少なくする工夫や、環境から人の生活へ及ぼす影響を少なくする工夫、よりよい関係をつくりだす工夫など、人と環境との関わり方の工夫について考えるようにする」(この日本語はおかしい。人と環境は双方が影響を及ぼしあうものだ)などとあるが、森林の果たす役割などは一言も触れられていない。
文科省にも問い合わせた。けんもほろろ。教科書に盛り込まなければならない木の名前などはなく、教科書を発行している出版社に聞いてほしいということだった。
仕方がない。小学生向け理科の教科書を発行している大日本図書と一般社団信州教育出版社に問い合わせた。大日本図書は3年生:ウルシ、ツツジ、4年生:サクラ、ハナミズキ、5年生:サザンカ、6年生:掲載なし。信州教育出版社は4年生の教科書にアカマツ、イチョウ、カエデ、クヌギ、クス、サクラ、サンショウ、シラカシ、ツタ、ヌルデなどを掲載しているとのことだった。
これで、「推しの木Profile」に具体的な樹木の名前が出てこない理由がわかった。学校では教えていないのだ。理科などの理数系の教科書を発行しているのは両社を含めて6社で、母語の「国語」や「社会」は3社のみということも分かった。
記者小学生のころ、「松風騒ぐ丘の上…」(1954年、三橋美智也「古城」)、「一本杉の石の地蔵さん…」(1955年、春日八郎「別れの一本杉」)、「柿の木坂は駅まで三里…」(1957年、青木光一「柿の木坂の家」)などを歌って木と親しくなったものだ。
図書館も同じだ。ある区立図書館の本棚に並んでいる子ども向け図書を調べた。文学、伝記、昔話、地球、科学、恐竜、魚、鳥、昆虫、環境、料理、乗り物、スポーツ、哲学、宗教…などは豊富で、SDGsやユニバーサルデザイン、プログラマーに関する書籍もあるのに、森林・林業は一番目立たない、探すのが容易でない最下段に収められていた。冊数も10冊くらいしかなかった。
そのうち記者が名著だと思ったのは、七尾純著「森といのち 生命をはぐくむ森」(あかね書房 2004年刊)だ。字を小さくし、ルビを振らず情報量を増やしたら大人向けにもなる。
物の序で。小学校で学ぶ漢字を調べた。文科省の学年別漢字配当表の漢字は1,026字あり、うち木篇漢字は34字だ。学年別(木篇)に見ると1年生80字(木、本、林、森、校、村)、2年生160字(ゼロ)、3年生200字(横、植、根、橋、相、柱、板、様)、4年生202字(機、械、極、材、札、松、標、栃)、5年生193字(桜、格、検、構、枝)、6年生191字(株、机、権、樹、棒、枚、模)だ。
この良し悪しはともかく、どうして「栃」(トチノキ)が「松」とおなじ4年生なのか。これには大した理由はない。都道府県名の漢字を小学4年生までに教えることにしたためで、「栃木県」の「栃」が木篇であるからに過ぎない。国樹として親しまれている「桜」はなぜ5年生なのか、学名が「Cryptomeria japonica」=隠された日本の財産を意味する「杉」や「桧」「梅」「桃」「柿」「桐」はどうして対象外なのか、理由は明確ではない。みんなご都合主義によるものだ。ここに人文系と理数系の分断・断絶をみた。
◇ ◆ ◇
以下は、同社を通じてお願いした今回の取り組みについてのコメント。
■同社担当:野村不動産 エリアマネジメント部横川大悟氏 街づくりに携わる事業者として、ただマンションを作って終わりということではなく、シビックプライドの醸成や街の魅力向上が大事だと考え、今回の授業実施に至りました。
今回の授業を通じて、子どもたちには、木への関心や街への関心を持ってもらい、この機会をきっかけに自分の住む町にもっと誇りをもって貰えればと考えています。
子どもたちが、色々な場所で自分の住む街について話す機会が増えることで、住民や来街者を巻き込んで街への愛着を育んでいってもらえるよう願っております。
■授業を実施した先生(大学生) 子どもたちがとても真剣に取り組んでくれて、沢山の時間をかけて準備をしてきて良かったと思いました。
近くの友達と色々話し合って楽しそうにプロフィールを完成させている生徒の皆さんの姿がとても印象的でした。
私たちに積極的に話しかけてくれたり、質問してくれたりする生徒さんもいて嬉しかったです。
今回の授業が、街の木に興味をもつきっかけになればと思います。
実際に授業をするまで、真剣に取り組んでくれるだろうか? と心配だったのですが、全員が一生懸命推しのプロフィールを書いてくれてとても嬉しくなりました。
完成したプロフィールを友達同士で見たり、どこにあるの? と話している姿も見かけたりして、この時間を楽しんでいるのだなと感じ、実施できてよかったです。
それぞれのシートには個性や見どころが詰まっていると思います。
■小学校の先生のコメント 推しの木探し、そして、プロフィール作りを通して、子ども達が楽しそうに取り組んでいる姿を見ることができ、とても嬉しくなりました。
また、それだけでなく推しを選んできただけに、「自分の選んだ木や木材が1番」と、自信満々に言う児童の様子から、身近なものに愛情をもてるというのは、とても素敵なことだと感じました。
この経験を通して、木や木材だけでなく、地域にある様々なものにも「愛」をもち、愛情溢れる地域を作っていってほしいと思いました。
今回の授業をきっかけに改めて木材の良さに気付き木材の良さを生かした卒業制作を行うことができました。
子どもたちが今後も木材に触れ親しむとともに、保護者の方にもこの取組みを直で見ていただけると今後さらに内容が発展していくと思いました。
「推しの木図鑑」巻末
野村不&埼玉大学 持続可能な街づくりへ 小学生向け授業プログラム開発・授業(2023/6/1)